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第35話
胸の中で何かがずっと弾けている。
線香花火のように、小さいけど強い光を放つもの。
手を伸ばせば火傷してしまいそうだけど、心が求めている。
愛しい葛藤を指でつまんだとき、ふと小さな溜息が聞こえた。
「あのさ、風月。訊きたいことがあるんだ」
「な、何?」
慌てて聞き返すと、彼は気まずそうに視線を膝に落とした。
「お前から言うまでは訊かないようにしてたんだ。その、人の事情にあまりずかずか踏み込むのはいけないと思って」
人の顔色や空気を窺う、彼らしい言葉だった。
まだ遠慮してることも分かったから、思いきって前に身を乗り出す。
「何? 言ってよ。俺は大丈夫だから」
幸耶の瞳の色が揺れている。それがまるでかつての自分のようで、胸が苦しくなった。
……いや、今の俺は違うか。
もう全てを曝け出す覚悟はできている。逃げるつもりはない。
「幸耶に知られて困ることは、なくしていきたいんだ」
照れくさいことはもちろん、思い出すと胸が痛むことも。
彼とこれからも一緒にいる為に、ひとつずつ箱から取り出すことにした。
幸耶はハッとした顔で俺を見て、「ありがとう」と零した。
揺れる瞳でこちらを見据え、静かに告げる。
「風月の家族のこと、……知りたいと思って」
それは小さくて、震えていて、本当に迷いながら出した声だった。
「言いたくないなら言わなくていい。前は、何が何でも聞き出すみたいなこと言ったけど……あれは、別に家族のことじゃないから」
「うん……」
自分でも触れないようにしていた心の穴。
怖くて目を逸らし続けていたけど……ようやく向き合える。
「全然。むしろ踏みこんでくれて、ありがと」
もっと前の俺だったら、こんな上向きな気持ちにはなれなかったかもしれない。
けど幸耶に会って、凍っていた心はほぐれていった。誰にも見せられなかった傷を……今なら、素直な言葉で伝えられる。
「……ていうか最初に幸耶の家族のこと訊いて、踏み込んじゃったのは俺の方だもん。もっとグイグイ来ていいんだよ」
「無理だって」
幸耶は吹き出した。ベッドに背を預け、足を伸ばす。
「……お前、俺が帰ろうとする度に寂しそうにしてたし」
「う……あのなあ」
大泣きしたことがあるし、否定はできない。でも恥ずかしくて、大声で叫びたい衝動に駆られる。
何とか心を鎮め、慎重に言葉を取り出していった。
「俺はさ。幸耶と逆で、母親がいないんだ。家族は父親だけ」
ビー玉の入ったラムネを傾ける。きらきらと光が反射し、俺達の影を映した。
「母さんは俺を産んですぐ、病気で……だからずっと父さんと二人暮らしだった。がさつで適当で、とにかく騒がしくて。そんなだから寂しくもなかったんだよな」
父と息子の生活だから、ある程度お察しだと思う。
幸耶は静かに頷き、わずかに破顔した。
「仲良かったんだな」
「そうだな。不器用だけど、母親の分まで頑張ってる感じがした。全然休みないのに、たまの休日は必ずドライブに行こうって意気込んで。ほんとに子どもみたいな人だった」
眠い時まで叩き起こされるから、あの時は文句ばかり言ってしまった。今なら素直にありがとうと言えるのに。
不自然に黙ってしまったから、幸耶は苦しげに顔を歪めた。
「風月。お前の親父さんは……」
「うん。もういない」
察しのいい彼は、もう分かってるようだった。
俺が自分で一人暮らしを始めたのではなく、始めざるを得ない状況だったことを。
「幸耶のお母さんと同じだ」
父は、仕事の帰りに飛ばしていた車に追突され、命を落とした。
俺はその連絡を受けて尚、何が何だか分からなかった。
そんな、という絶望と、まさか、という希望が綯い交ぜになった。記憶は飛び飛びだけど、最後まで父は大丈夫だと信じて病院へ向かった。
でも父は、もう誰の呼びかけにも反応しなかった。
日常が壊れるのは一瞬。
そんな当たり前のことを、その時に思い知った。
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