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第36話

「大事な人がいなくなるのはほんとに突然で、一瞬。だから幸耶の話を聞いた時、息ができなくなりそうだった。一番辛いのは亡くなった人だけど、残された側も、生きてる限り後悔していくことになるから」 「風月……」 同じ状況になった人が全員負う傷。それを庇い、隠しながら皆生きていくんだ。 膝を抱えて俯くと、幸耶は徐に首を横に振った。 「話してくれてありがとう。……頑張ったな」 ぽんぽんと頭を叩かれる。 まさかそこで労いの言葉を貰えるとは思ってなくて、笑ってしまった。 大変だったね、と言われることはあるけど。頑張ったと言われると、存外嬉しいことを知った。 「幸耶も、頑張ったじゃん」 「いや。俺は兄貴がいたから、複雑なことは代わりにやってもらえた。家もそのまま住めてるし」 でもお前は違うんだろ? と前髪を持ち上げられる。それには慌ててかぶりを振った。 「頼れる親戚がいたから、色々手伝ってもらってたよ。でも引っ越して、何も整理できてない状態だった。大学入って数カ月……教習所もあとちょっとだったのに」 力なく肩を落とし、天井を見上げる。 「俺が免許とったら、親父をドライブに連れて行こうと思ってた」 「そうか」 「うん。でも事故の後、教習所に行けなくなった。行こうとすると足が竦んで……親父のことを考えちゃって」 引っ越し先を探していた時、たまたま教習所の目の前に安いアパートがあるのを見つけた。早急に引っ越さないといけなかったから、教習所にも通いやすいと思い部屋も借りた。なのに行けなくなってしまった。 いずれは、大学の近くに引っ越してもいい。今は一旦住居をおさえ、父親の遺品や家財をまとめる必要があった。 しかし停滞して、全てが手つかずの状態になっていた。 「結局、三カ月も不登校。何か、もういいか……って諦めてた」 でも、幸耶と出会い、その気持ちは変わった。 「お前が家に来てくれるようになって寂しくなくなったし、また教習所にも通おうって思えた。だから俺、お前には感謝してもしきれないんだ」 父はもういないけど、自分が行きたいところに運転して行きたい。 そしていつかは、幸耶とも一緒に。 「お前も、俺とほとんど変わらない時期にお父さんを亡くしてたのか」 「うん……まぁ俺は、元々がいい加減だから。急がなくていいことは今も先延ばしにしてるし、大丈夫だよ」 ただのメンタルの問題、と言うと、さっきより近くに引き寄せられた。正面を向いたまま、隣り合わせで密着する。 「大丈夫じゃない。メンタルが一番でかいだろ。無理すんな」 「幸耶……」 「限界きてるときは休まなきゃいけない。……教習所なんか行ってられないよな。何も知らないで余計なこと言って、すまなかった」 「いやいや! 話してないんだから当然だろ!」 むしろそこまで察していたら怖い。 全力で否定するも、幸耶の顔はまだ辛そうだった。 「お前が泣いた夜も、やっぱりお父さんのこと?」 「……」 そっと髪を梳いて、彼は囁いた。 それほど遠くない記憶が蘇る。家に帰ろうとした幸耶を引き留めた、あの夜。 恥ずかしいけど嬉しかった、大切な一夜だ。 「……どうかな。確かに、毎日孤独で……先の見えない不安には駆られてたけど」 それだけじゃないように思う。 久しぶりに話の合う友人ができて、静まり返っていた家が賑やかになって。心から笑ったのは、父を亡くして以来初めてだった。 にも関わらず、幸耶と別れる際にどうしようもない孤独感に襲われた。 誰といても埋まらない穴。それを埋めてくれたのは幸耶で、……彼じゃないと駄目だった。 「できれば引かないでほしいんだけど。あの日はただ、幸耶が帰っちゃうことが……寂しかった」 「お前……」 すごく恥ずかしかったけど、意を決して告白した。 恐る恐る隣を見ると、案の定彼は顔を手で覆っていた。 「じ、自分でも分かってる。寂しくて泣くとか、情けないしダサいって!」 「いや……馬鹿にしてるとかじゃない。そうじゃなくて……」 幸耶は少しだけ手をどかす。その下の頬は、熱でもあるんじゃないかってほど真っ赤だ。 「帰ってほしくないって思われてたことが、シンプルに嬉しい」 「幸耶……」

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