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第37話 ドライブ

驚いたけど、彼は呆れるどころか喜んでいた。耳まで赤くて心配になったけど、もしかすると俺もそんなに変わらないのかもしれない。 互いに照れくさくて爆発しそうな心境なんだ。それでもくっついて、気持ちを確かめ合ってる。 不器用だし臆病だけど、……相手を傷つけたくないんだから、遠回りするのも仕方ないかもな。 ちょっとほっこりしてると、幸耶はまた含みのある笑顔を浮かべた。 「そういや、泣いてるお前も普通に可愛かった」 「忘れろ」 聞けば聞くほど羞恥心で沸騰しそうになる。 だけど同時に、おかしなぐらいホッとしていた。 拒絶されなくて良かった。……受け止めてもらった、という安心感。温かい想いで胸がいっぱいだ。 「すごい偶然だよな。……あまり嬉しくない偶然だけど」 幸耶の方に手を伸ばす。目に掛かった前髪をすくい、彼に微笑んだ。 「でも俺、幸耶に会えたことは最後のご褒美だと思ってる」 「大袈裟だな。……って言いたいところだけど、俺も。お前に会わなかったら、マジで詰んでた」 「それはないだろ。お前要領良いもん」 「そんなことないぞ。それに健康なメンタルがなきゃ何もできないよ。俺にとってはお前が、生きる糧みたいな……って言うと痛いか」 彼が笑ったので、俺もつられて笑った。 「痛くてもいいじゃん。俺達以外見てないんだし」 「……そうだな。じゃあ改めて言うよ。ありがとう、風月」 全てを受け止めるような、優しい眼差し。こんなにも温かい瞳で見られたのは初めてだ。息を飲み、彼を見返す。 「俺も。ていうか、何百回でも言う。ありがとな、幸耶」 脆く儚い日常で彼と出会えた自分は、間違いなく幸福だ。 「本当に……偶然だけど、会えたのは奇跡だ」 俺達は不思議な縁で結ばれてる。 あまり人には言えないけど。と言うと、彼も「だな」、と言って笑った。 「風月。俺もまだ学生だから、そこまでお前の力になれないかもしれないけど……困ったことがあれば、すぐに言えよ」 「……」 柔い幸耶の髪に触れる。この温もりを忘れたくない、と改めて思った。 凍えそうな足元に、ようやく陽射しが届くようになったんだ。 「幸耶も……遠慮しないで、何でも言って」 「あぁ。さんきゅー」 彼は頷いたが、途端に悩ましげに唸った。 「風月。それじゃさっそく、ひとつお願いしてもいい?」 「もちろん。何?」 「今夜は、俺の家に泊まってかない?」 「え」 思いがけない提案に、露骨に狼狽えてしまった。 嫌がってると思ったのか、幸耶は慌てながら手を振る。 「いや、嫌ならいい。用事あるなら早く帰らないとだし」 「ううん、何もない! でも……」 正直家に呼んでもらったことにも驚いていたのに、良いんだろうか。ただ遊んで帰るだけなら問題ないけど、一晩泊まるというのは。 「いきなり来て、迷惑じゃない?」 「迷惑なわけない。いつもお前の家で寛がせてもらってるだろ。兄貴も部屋に入れてもらったことあるし、たには俺の家で休んでほしいんだよ」 「そんなの気にしなくていいって。……でも、ほんとにいいの?」 「遠慮し過ぎ。……まぁ、それがお前の良いところだからな」 幸耶は俺の頭に手を置き、立ち上がった。 「俺相手に遠慮しないでいい。今日は泊まり決定な」 「ははっ。ありがとう」 幸耶の家に初めて泊まる。突然のことで、心の準備が何もできてない。 いや……友達なんだから、心の準備なんていらないか。 そう思うけど、やっぱり緊張してしまうのは……幸耶に抱く気持ちが、“友達”だけじゃないからだ。 好きなんだ。ひとりで浮かれ、舞い上がってしまうほど。 持ち物も準備してないからコンビニへ行こうとしたけど、なあなあで止められてしまった。 その後は夜更けまで喋って、シャワーを借りて、未開封の歯ブラシをもらって。ベッドに横になったのは、午前三時過ぎだった。 「幸耶。マジで、俺は床でいいよ」 「大丈夫。自分の部屋の床で寝ることってあんまりないから、新鮮なんだ」 幸耶は床に布団を敷き、部屋の明かりを消した。 彼のベッドを占領するのが申し訳なかったけど、お言葉に甘えてベッドで寝ることにした。 幸耶の匂いだ……。 変態っぽくて自分でもドン引きだけど、幸耶の匂いに包まれてることに安堵する。 暑いのにブランケットを胸まで引き上げ、暗い天井を見上げた。 「風月」 「何?」 「何でもない」 「なんなん?」 謎の呼びかけに応え、瞼を伏せる。 実際意味はなかったんだろうけど、幸耶はまた俺の名を呼んだ。 「おやすみ、風月」 「……おやすみ」 とても短い囁き。だけどその声は、眠りに落ちるまで俺の鼓膜に残った。 教習所のことも父親のことも、彼に打ち明けるつもりはなかった。 話しても困らせるだけ。暗くなるだけだから。母親を亡くして悲しむ幸耶に話すのは酷だと思った。 俺も同じだから、気持ちが分かるよ。……なんて言う気は一切なかったし。 育った環境や、親との関係性は人それぞれで、全然違う。だから悲しみの度合いも、考え方も違う。 不幸を重ね、照らし合わせるなんてことはすべきじゃないんだ。 ただ俺が幸耶に伝えたいのは、────独りじゃないということ。 どんな時も傍にいる。 いくらでも話を聴く。それだけは伝えたい。寂しさに押し負けた夜、彼が俺に寄り添ってくれたように。

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