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第38話
大切な思い出が増えすぎて、取りこぼしそうになっている。
忘れたくないから強く抱き締めて眠った。打ち明けた過去も、確かめ合った熱も、全部が宝物。
少しずつ、だけど確実に未来を直視する勇気が生まれている。
そのことに感謝して、またちょっとだけ目頭が熱くなった。
“今”は当たり前じゃない。何でもない日常が続くのは奇跡だ。誰にとっても例外ではなく、普段は爆弾を抱えていることを忘れている。
でも、これからは違う。
大切なものに気付けるようになりたい。
本当の声を聴き取れるようになりたい。
どれだけの時間をかけても……俺は、彼を。
長くて短い夜が明けた。
瞼を擦って起きると、隣に幸耶の姿はなかった。
あれ。トイレか?
ベッドの上でぼうっとしてると、タイミングよく部屋のドアが開いた。
「起きたか。おはよう」
「おはよ……」
幸耶は今起こそうと思ったんだ、とカーテンを開けた。今日も晴天で、部屋は一気に明るくなった。
「顔洗ってきな。朝ごはん作ったから食べよう」
「わ。ありがと」
アラームが鳴った記憶もないのに、さすがだ。俺は朝が苦手だから、早起きが苦じゃない幸耶が羨ましい。
急いで一階に降り、顔を洗う。ダイニングへ向かうと、良い香りがしてきた。誘われるように部屋に入り、ひょこっと顔を覗かせる。
「お邪魔しまーす……」
キッチンを見ると、幸耶が手招きしてきた。一応軽く頭を下げて、部屋の中に入る。
大きなテーブルの上には幸耶が作ってくれた朝ごはん。眠気は吹っ飛び、すぐ彼の隣に移動した。
「うわ~……! 朝から豪華だな。ホテルの朝食みたい」
「そんな褒められるとやる気上がるなぁ」
幸耶は味噌汁をよそい、席を促した。
炊きたてのご飯があるだけでも嬉しいのに、鯵の開きや卵焼き、白和え等の小鉢もある。
父は自分と同じで料理が苦手だったから、家でこんな豪勢な朝食が出たことはない。ひたすら感動して手を合わせた。
「ほら、冷めるから食べよう」
「ありがとう。頂きます!」
温かいほうじ茶があるのも嬉しい。ご飯を食べた後、鯵の身をほぐして口に入れた。
「うま……泣く」
「泣くな」
幸耶は苦笑してるけど、冗談抜きで涙が出そうだった。
「朝からこんなの食べられたら、ぶっちゃけ毎日頑張ろうって思える」
「はは、そりゃ良かった。おかわりしたかったら言えよ」
「ありがとう。幸せ……」
もう、どれほどの幸せをもらったか覚えてない。
会う度に更新されるし、かけがえのないものになる。ご飯を食べながら、密かに息をついた。
また、こんな風に朝を過ごしたいな。
どんどん欲深くなって困る。今のままでも充分過ぎるのに。
「ご馳走様でした!」
「はい。お粗末様」
俺は洗い物をして、幸耶はその間に洗濯をしていた。
聞くと家事はほとんど幸耶が引き受けているらしい。だから家事力が上がって仕方ないと笑っていた。
彼らも必死で日常を取り戻そうとしているんだ。
「じゃ、俺そろそろ帰るよ。あ、お祭りの焼きそばとかは食べて」
昨日食べきれなかった屋台飯があったので、それはテーブルに置いておいた。
「サンキュー。兄貴に渡そうかと思ったけど、時間経ち過ぎてるから俺が食べる」
「オーケー。今度はちゃんと手土産持ってくる。陽介さんにもよろしく伝えてくれ」
「あぁ。気をつけてな」
幸耶は駅まで送ってくれた。大丈夫だと言ったけど、コンビニに寄りたいから、と言って。
「それじゃ、風月……またな」
「うん!」
太陽が眩しい。
幸耶の笑顔と相まって、とけそうだった。
「あつ……」
今日は用事もないし、帰ったらまた寝ようかな。
まだまだ、幸耶の家て寝泊まりした余韻に浸りたい。
修学旅行から帰った日の夜、興奮冷めやらぬ中学生みたいだ。
( ガキみたい…… )
未だにウキウキしてることが恥ずかしかったけど、楽しかったんだから仕方ない。
さっさと家に帰って、掃除して。ちょっと寝たら、また試験勉強するか。
いつか、幸耶と一緒にドライブに行けるように。
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