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第39話
猛暑は相変わらず。
だが時間は確実に進んでいる。幸耶はあっという間に必要な教習を終え、残すは俺と同じ卒検のみとなった。
この調子だと、夏の間に落ち着きそうだ。
聞いたところによると他の自動車学校は、卒検の後にまた筆記試験があるらしい。本免が筆記試験なのに、ダブルで合格しないといけないのか……と戦慄した。
とは言え、嫌だなんて言っちゃいけない。知識をつけることは自分の為。そして、自分以外の全ての人の為なんだ。
付け焼き刃なんて以ての外。ここは真剣に問題に向かい合い、身につけないと。
「幸耶。信号の黄色点滅ってどういう意味だっけ?」
「周りに注意しながら進め……。歩行者がいたら止まらなきゃいけないけど、一時停止の義務はない」
「赤信号の点滅は?」
「一時停止が義務」
「ほ~」
「ほーじゃない。お前、それは運転中に必要な知識だからな?」
教習所の自習室で、幸耶は青ざめながら俺の袖を引いた。
もちろん必要なのはわかってるし真面目に本を読んでるけど、覚えるのに苦労する。家の周りにはあまり変わった信号機がない為、いざぶち当たったときは混乱しそうだと思った。
ラウンドアバウトとか、左から入るのは分かるけどいきなり目の前に出てきたらビビる。後続車に迷惑かける気がして怖い。
それに全然運転してないし、卒検は冗談抜きでやばいかもしれない。
「幸耶は運転好き?」
「うーん。普通」
「普通? 嫌いではない?」
「そうだな。教習はしっかり地獄だったけど」
彼は後ろに仰け反り、天井をあおいだ。
「幸耶は何でも器用にこなすから意外だな。教官に怒られたことある?」
「当たり前だろ。世紀末並みのショートカット右折した時はやばかった」
「分かるけど、危険だな……」
人ごとじゃないから想像すると背筋が凍る。初心者の何が怖いって、技術云々よりも経験不足による判断ミスだ。
怖いと思うぐらいがちょうどいいと聞くし、俺達は必要以上に神経質だから、今のままで良いと思う。技術は抜きにして。
すると、幸耶は深いため息をついた。
「はぁ。あと、実はバック駐車自信ないんだ」
「そうなの? コース内だし、目印教えてもらいなよ。あれ覚えれば完璧だ! 外で応用はできないけど」
「そうだなー。でも今さら教えてもらうのは難しいかな……」
自販機でアイスを買い、教習所を出る。横断歩道を渡り、アパートの前まで二人で歩いた。
「俺はお前と違ってオートマなのに、不甲斐ないよ」
「大丈夫だって! 絶対できるって言い聞かせな」
生真面目な彼に苦笑する。
そのままいつものように部屋へ戻ろうとしたが、ふとあることを思い出し、駐車場の前で足を止めた。
「ごめんな。俺が免許先にとってたら、練習させてやれたんだけど」
「え?」
きょとんとしてる幸耶に手招きし、アパートの駐車場に入る。他の車から離れた一番奥にある、白のスポーティセダン。その手前に行き、鞄の中からキーを取り出した。
折りたたんだままのサイドミラーを開き、そっと撫でる。
「たまにはエンジンかけないといけないんだけど……法的にぎりアウトらしくて、ずうっと置き物と化してる」
「風月、それって……」
「親父の車。乗れないし、これも手放そうかと思ったんだけど、なあなあでまだ置いてるんだ。親戚で貰ってくれそうな人がいるから、声掛けてはいるんだけど」
「そうなのか……」
仮免で走るには免許所有者が隣にいないといけないし、問題は山積みだ。洗車も全然してない。本当なら代行を使ってでも一度動かした方が良い気がして、悩んでいる。
一周してから離れようとした幸耶は、再度運転席を覗いた。
「おい、6速ギアかよ。お父さんアクティブだな」
「そうそう。事故の時は社用車だったから、この愛車は無事だったんだ。守れて良かったって喜んでると思う」
車以外趣味がない人だったから間違いない。
キーを仕舞い、ぐっと背伸びした。
「風月……せっかくマニュアル取るなら、この車乗り続けなよ」
「いや、無理。5速が限界」
「あはは。まぁ、気が変わるかもしれないし、な?」
アパートの階段を上り、部屋に向かう。今日ものんびり幸耶と夜ご飯を食べる予定だ。
……なんだけど、またちょっと嬉しくなった。
「付き合ってくれてありがと、幸耶」
「全然。見せてくれてありがと」
彼と共有することが増えるたびに、胸の中が温かくなる。
濃紺の空を尻目に、部屋のドアを開けた。
「腹減ったなー。幸耶、俺も夜ご飯手伝う!」
「お。じゃあ宜しく」
毎日のささいな幸せ。それは道のように広がり、俺達の行き先を教えてくれている。
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