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第40話
「迎、そろそろ教習所卒業できるんだろ?」
「え。う、うん」
休み期間だけど、課題の資料集めの為に大学の図書室へ来ている。すると俺を見つけるなり、仲の良い友人が隣に腰を下ろした。松川と同様、恋人つくりに躍起になっているようだ。見せてきたのはバイトの情報だったけど、きらきらした瞳から、もう大体の内容は察しがついた。
「そんじゃさ、ちょっとだけ短期バイトやんね? 上手くいけばその後も雇ってもらえそうなんだよ。ザ・リゾートバイトってやつ! 絶対可愛い女の子いっぱいいるぞ!」
やっぱり。
大学にも可愛い娘はたくさんいるというのに、友人は大興奮で求人を見せてきた。彼曰く、周りの女の子は皆すでに彼氏がいるらしい。
「皆な、高校でもう彼氏つくってんだよ。世知辛いよな……」
「なるほど。確かにそういうもんだよな」
でも、それは仕方ない。青春って高校の方が印象強いもん。
俺の周りも、高校の方が恋愛してたなぁ。部活やってるとマネージャーと恋したり。ちなみに俺は帰宅部だったから、そういうアオハルとは無縁だった。
ま、今が幸せだから全然いいけど。
友人に同情しつつ、スマホの求人サイトを眺める。
女の子……というか、恋人をつくることは考えられない。幸耶と出会ってからずっと、頭の中は彼のことでいっぱいだ。
ただ、俺は未だに自分の立ち位置が分からず、ふらふらしている。
自分が同性愛者という確証もなく、幸耶に対する感情が恋慕なのかも分からない。
自分が何者なのか自問自答する日々。幸耶がいるのは幸せだけど、この問題だけは解き明かせず、苦悩していた。
自分のセクシャリティを確立させたい。目を逸らさず、真剣に向き合いたいと思っている。
( でも、バイトもそろそろやらなきゃな…… )
入学からずっとサークルに所属してないのは、元々バイトをしようと思っていたからだ。奨学金を返す為に、ばりばり働こうと思っていた。
父が残してくれたお金があるけど、これからの為に貯蓄したい。
そう。ゆくゆくは今の家も引き払い、引っ越しも……。
「……サンキュー。とりま考えとく」
「おう! じゃ、またな!」
元気のいい友人に手を振り、静かに息をつく。
教習所を卒業したら、自由な時間が手に入る。
けどそれと同時に、幸耶が家に来る理由がなくなる。幸耶は家も大学も、教習所と逆の方向だ。今までは必然的に俺の家に来ることができたけど、いよいよ会う機会がなくなる。
「……」
俺の胸に巣食う最後の痛み。
スマホのカレンダーを開き、八月二十五日の予定を開いた。
俺と幸耶は同じ日に卒検を入れることができた。二人して喜んでいたけど、冷静になると複雑だ。
どちらかが受かってどちらかが落ちるのも辛い。どっちも落ちたら笑えるけど、それはまずないだろう。
理想はどっちも受かることなんだけど……でも……。
自分の未熟な心が、不安と恐怖を生んでいる。
頭では分かってるのにどうすることもできず。倒れるように机に伏せた。
◇
一週間後に卒検を控えた、晴天の昼。
幸耶は俺の家で朝から勉強していた。下手すると教習所に行くのは次が最後だから、互いに気が引き締まる。
いつもは一時間も持たずに雑談が始まるのに、今日は二時間経っても静寂が保たれていた。
俺もだいぶやり込んだけど、幸耶の集中力を見習わないとだな……。
麦茶がぬるくなってしまったから、幸耶のグラスも取り、キッチンへ向かった。向日葵のグラスに新しい麦茶を入れなおし、居間に戻ろうと踵を返す。そのとき部屋のインターホンが鳴った。
タブレットを見ていた幸耶がふと顔を上げる。
「誰か来たな」
「誰だろ。宅配は頼んでないけど」
玄関のつっかけサンダルに履き替え、ドアを開ける。
すると突然黒い影がかかり、頭をがしがしと撫でられた。
来訪者は、俺がよく知る中年の青年だった。
「久しぶりだな、風月」
「び、びっくりしたぁ……叔父さんか」
「突然悪いな。お前の好きな素麺いっぱい持ってきたから許してくれ」
「俺素麺が好きなんて言った覚えないけど」
絶対、大量に貰ったお中元を持て余していただけだろう。木箱を受け取り、ため息を堪えてキッチンへ向かった。
「あれ。お客さん?」
無精髭を触った彼は幸耶の姿を認めると、目を輝かせた。
「もしかして友達か? 遊びに来てたのか!」
「遊びっていうか、勉強の為だよ。来週車の試験あるから」
「試験?」
「う。まあ、それはいいや。……幸耶、このひとは俊美さん。俺の叔父」
「あぁ、叔父さん。はじめまして、帷幸耶です」
幸耶はすぐに立ち上がり、叔父さんに向かって丁寧にお辞儀した。
「幸耶君か。風月がいつもお世話になってます」
改まって挨拶されると、何だか恥ずかしい。
陽介さんがウチに来た時の幸耶も、こんな心境だったんだな。彼が荒ぶってた理由がようやく分かった。
「風月と仲良くしてくれてありがとう。風月は人懐っこいんだけど昔から恥ずかしがり屋で、親戚が集まるとすぐお父さんや俺の膝の上に逃げようとする奴で」
「叔父さん? ちょっと落ち着いてください。今お茶淹れますから、どうぞそちらに」
いっそ熱湯にしようかと思ったけど、それも可哀想なので冷たい麦茶にした。
叔父さんは「風月も気が利くようになったなー」と笑い飛ばしている。幸耶も笑うしかないといった状況で、非常にカオスだった。
「しっかし、勉強中なら邪魔して悪かったな。これ飲んだら帰るよ」
「あ、大丈夫ですよ。俺も結構勉強したので、今日はもう帰ります」
……と幸耶が鞄を持って立ち上がろうとしたので、急いでその手を掴んだ。
「待って幸耶。帰らないでくれ。俺とこの人を二人きりにしないでほしい。頼む」
「何でだよ。優しい叔父さんなんだろ?」
「優しいよ。優しいけど、正直意味分からん手料理を大量に作って残していくんだ。だから助けてほしい」
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