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第41話

深刻に告げると、幸耶は色々察した様子で頷いた。 「なるほど。じゃあまだ居た方がいいんだな?」 「居なきゃいけない。頼むよ」 今度飯奢るから、と手を合わせると彼は再び床に腰を下ろした。そして気まずそうに会釈する。 「ええと……すみません俊美さん、やっぱりまだお邪魔してても良いでしょうか?」 「もちろん! せっかくだから風月の小さい頃の話、聞いてほしいな。写真もあるんだよ、わざわざスマホにデータ移したの」 「移さなくていいよ!」 叔父さんが俺の子どもの頃の写真を幸耶に見せようとした為、慌ててツッコんだ。ところがあと一歩及ばず、幸耶は「へー、かわいいですね」と笑った。 最悪だ……。そういうの、あまり見られたくなかったのに。 ふらつきながらキッチンへ行く。適当に出せるお菓子を探していると、幸耶が隣にやってきた。 「俊美さん、お前のことが可愛くて仕方ないんだな」 「やめろ。ぞっとする」 「お前も俺の兄貴が来た時に同じこと言ってただろ」 「他人はいいんだ。自分自身のこととなると鳥肌が立つ」 「ったく、我儘だな」 幸耶は呆れ顔で肩を竦めてるけど、これは我儘とかって話じゃないと思う。 親バカならぬ叔父バカを同い年の友人に会わせるのは小っ恥ずかしいのだ。もちろん、感謝はしてるけど。 「俺は小さい頃のお前が見られてラッキーって感じだよ。実際めちゃくちゃ可愛かったし」 「あのなぁ……」 幸耶も幸耶で、水を得た魚のようにいじってくる。 顔が熱くなってるのを感じ、麦茶を一気に飲み干した。 クッキーを用意し、居間に移動する。特にすることもないと思ったが、あることを思い出して手を叩いた。 「あ、ちょうど良かった! 叔父さん、セダンのエンジンかけてよ。もう二ヶ月以上動かしてないんだ」 「あぁ~、いいぞ。……というか、それでお前免許とろうとしてるのか」 「いや、そういうわけじゃない……叔父さん、あれもらってよ」 「せっかくだしお前が乗ればいいじゃないか」 幸耶と同じこと言ってる……。 確かに、マニュアルをとろうと思った理由のひとつがあのセダンだ。でも冷静になると、今あれを持つのは現実的じゃない。 反応に困ってると、幸耶が笑顔でフォローした。 「車って、やっぱり維持費かかりますもんね」 「う~ん、そうだな。軽でもかかるから、大学生には厳しいか」 何とか方向転換してもらえてホッとする。 叔父さんは車の整備士をしていて、父と同様車が大好きだ。 今もその気持ちは変わらない。だけど、実の兄がその車で命を落としたことはどう思ってるんだろう。 気になるけど、訊くことはできない。 彼らは大人で、俺なんかより社会の責任や覚悟を持っている。運転する以上はリスクは避けられないと割り切っているかもしれない。 ……やっぱり、理不尽なことも納得するのが大人なんだろうか。 残酷だけど、生きていくには身につけないといけない処世術だったりする。 でも俺は、抗う気力があるうちは抗いたいと思った。 父は幸耶と同じく自損だったから、怒りも悲しみも自分の中で処理することになるけど……そうじゃない人達は、何年も何十年先も、闘い続けるんだろう。 そう思うと、俺もいつまでも座り込んでるわけにはいかないと思う。 「……そういえば叔父さん、今日はほんとに顔見に来ただけ?」 「え? あ、あぁ……そうだな」 尋ねると、叔父はどこか焦った様子で視線を外した。 相変わらず分かりやすいというか、嘘がつけない体質だ。内心苦笑しながら、クッキーを頬張る。 「何か用があったんでしょ。言ってよ」 「いや~……」 なおも気まずそうにしてる叔父に違和感を覚え、ふと壁にかかったカレンダーを眺めた。 今の時期って、何かあったっけ。 夏休みじゃなくて、ええと。 「あ」 自分のスマホを手に取り、カレンダーを開く。 なにか忘れてると思ったら、そうだ。お墓参り。 「叔父さん………父さんの墓参り」 「おっと。思い出したか」 「初盆の時に約束したけど、日にち決めてないからうっかりしてた……」 額を押さえ、がくりと項垂れる。叔父は今日、墓参りに誘うために来てくれたのだろう。申し訳なくていたたまれない気持ちになる。 「本当にごめん。なさい……」 「いやいや、俺がちゃんと約束しなかったのが悪い。突然来たもんだから、ほら……」 叔父さんは幸耶を見て、言葉を濁した。恐らく俺の父親のことを知らないと思ってるのだろう。 「大丈夫だよ、叔父さん。幸耶には親父のこと話してる」 「あぁ、そうなのか。すまないな、幸耶君」 「い、いえ。それよりお墓参りに行くんですよね? 俺、今度こそ帰りますね」

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