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第42話
幸耶は慌てて姿勢を正したが、それは叔父が手を挙げて止めた。
「幸耶君が気を遣うことはないよ。墓参りはずらしても大丈夫だし……いや、いっそ皆で行くか? 賑やかな方が兄さんも喜ぶ」
まさかのぶっ飛び発言に、俺も幸耶も前にガクンと倒れた。
いきなり友人の父親の墓参りに行こうと言われても困るに決まってる。親交があったならともかく、常識的にも微妙なところだ。
しかし、叔父はグッドアイディアと言わんばかりに手を叩いた。
「そうだ! 人気のサービスエリアがあるから、帰りに美味いもんでも食べまくろうじゃないか」
「いやいや、そうは言っても……幸耶を巻き込んじゃ駄目だよ」
普通に断って帰っていいよ、と耳元で囁くと、幸耶は真剣な顔で叔父さんに向き合った。
「俺も……一緒について行っても、大丈夫でしょうか」
「もちろん!」
「えぇ! おまっ……マジで!?」
俺はいいけど、幸耶からすれば面倒な付き合いになるんじゃないか?
試験のこともあるし心配で仕方なかったけど、叔父さんはすっかりその気になっていた。
「おし、せっかくだ。風月、キー貸してくれ。兄さんの車で行こう」
「えええ……」
一応キーを渡し、財布とスマホだけポケットに仕舞う。
階段を下りる途中、幸耶に話しかけた。
「おい、本当に良いのか? 無理に付き合う必要ないぞ、帰って勉強した方がいいと思うし!」
「勉強は朝でも夜でもできるよ。でもお前のお父さんに挨拶できるのは今だけだから」
幸耶は眼鏡を掛け、一番下に降り立った。
「一緒に行きたいんだ。本当は俺みたいに関係ない人間が行くべきじゃないんだろうけど……」
ごめんと言って幸耶は俯き、拳を握り締めた。瞳には強い色が灯っているが、その横顔は寂しそうに見える。
俺としては、行きたくないのに無理させてるなら絶対止めなきゃと思った。
けど幸耶が自分から行きたいと言ってくれたことが……とてつもなく嬉しい。
「……ありがとう。一緒に来てくれたら、すげー嬉しい」
「風月……」
「そういや俺、大学生になってから友達紹介したこと一回もないんだよ。……これでやっと紹介できる」
笑いかけると、彼もわずかに笑った。
法事ではないし、お墓参りなら誰が来てくれても嬉しい。
父も喜ぶはずだ。
久しぶりに父の車に乗り、叔父さんの運転で霊園に向かった。
街から離れた、山あいの霊園。途中の田舎道では脇に背の高い向日葵が咲いていて、思わず目で追った。
「やー、思ったとおり暑いな。熱中症になったら大変だから、倍速で掃除するぞ」
「あ、俺も手伝います」
「幸耶はいいよ。それに一ヶ月前に来てるから、そんな荒れてないと思う」
思ったとおり、父の墓石の周りは綺麗だった。
高台の上だから、遠くの街並みがよく見える。柄杓で軽く水をかけ、お花を添えた。
「久しぶり……」
ここにいるかどうかは分からないけど、自然と口から溢れた。
その場に屈み、墓石にそっと触れる。
「迷ってたけど、俺やっぱり免許とろうと思う。とりあえず来週卒検だから、力を貸したまえ」
「何で最後命令形になったんだ?」
隣で叔父がツッコんだが、一旦スルーさせていただく。それから反対側にいた幸耶の手を引いた。
「ちなみに今一番仲良い奴、紹介しとくよ。幸耶っていうんだけど、こいつも来週試験だから宜しく」
「挨拶になってないな……」
幸耶からもツッコまれたけど、しんみりするのは苦手だ。わざと軽い調子で話してしまう。
叔父はそんな俺に苦笑していたが、突然「あっ」と大声を上げた。
「どしたの?」
「線香忘れた。風月、下の売店で買ってきてくれ」
「マジか」
驚いたけど、人のことは言えない。俺はてっきり叔父さんが持ってるのかと思い、何も言わなかったから。
「火は?」
「ライターは持ってる。悪いな」
小銭を渡されそうになったので、自分の財布を翳して売店へ向かった。
風月の後ろ姿が見えなくなった後、幸耶は視線を足元に落とした。
「すみません、俺が買いに行けば良かったのに」
「いやいや、いいんだよ。それより来てくれてありがとう」
俊美は笑顔を浮かべ、下に屈んだ。
「父親の墓参りに来てくれる友達を持って、風月は本当に幸せだよ」
「そんなの全然……それに、風月は俺が辛い時に助けてくれたんです」
母のことは話さなかったが、幸耶も下に屈み、目を眇めた。
「教習所に行けなくて参ってたときに、風月が声をかけてくれて……それでまた行けるようになりました。だから、友達以上に恩人っていうか」
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