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第12話

鞄を手に会社を出た時、少し前に届いていたメッセージに気づいた。 『もう農協出たよ。買い物してから帰る』 小さな日常の報告。 それが、妙に心地良かった。 『俺も今から帰る』 そう送り、軽い足取りで帰宅だ。 西日が長く影を伸ばす道を抜けて、これから何度も利用することになる駅へと到着する。 スーツ姿の人がまだ多い時間に帰宅出来るのは久し振りだ。 そのまま電車に揺られ最寄駅へと運ばれる。 過ぎていく景色は田んぼや畑が多いが、今はまだなにも植えられていない。 これなら、農協も定時上がりは頷ける。 これから稲作の準備で忙しくなる前のほんの一時だ。 基本はマイカー通勤になるのが、田舎の定めだ。 だが、きっと同じだけ沢山利用することになる駅だ。 その1歩目を踏み出す。 電車から降りる人の中には学校指定のジャージを着た子もチラホラ見られる。 春休みだというのに、こんな時間に部活帰りの学生もお疲れ様だ。 懐かしいな… 琥太郎とも、あぁやって帰ってたな 都会では思わなかった感覚に襲われるのは、ここが生まれ育った土地だからか。 それとも、空気がエモーショナルな気持ちにさせるのか。 どちらだとしても、ほんの少しだけ治ったの思っていた傷口が痛む。 『鷹矢』 その声に振り返れば、いつでもあの頃に戻れる気がする。 あの頃の俺は、親友で夢精してしまった罪悪感に無理に笑顔をつくることで隠していた。 いや、心の底から笑えなかった、なんてことはない。 楽しくて腹の底から笑ったこともあった。 友人として隣にいた瞬間だってあった。 ただ、その中に確かに罪悪感があったのもまた確かな事実なんだ。 思春期になれば、男なら誰だって夢精くらい経験する。 たまたま精通と重なっただ。 夢に出たのがたまたま親友だった。 そんな都合の良い言い訳、いくらでも用意出来た。 出来たからといって、楽にはなれない。 親友を失いたくない。 だけど、女の子と付き合っている親友を見たくなかった。 しあわせそうに笑う姿を、今は見たくなかった。 だから、県内でもやれた仕事なのに、わざと県外で就職した。 「風邪引くなよ。 それから…、出会い系とか気を付けろ」 「おん。 気を付ける。 コタもな」 「うん。 …またな。 連絡する」 「俺もする。 けど、コタからの連絡も楽しみ待ってるから」 そう笑顔で言いながら、逃げるようにこの土地を離れた。 それなのに、また届いたメッセージに口端が上がる。 『風呂掃除してて気が付かなかった。気を付けて帰ってこいよ』 俺は狡い。 そして、現金だ。 スタンプを送ると、すぐに既読がつく。 ほら、やっぱり嬉しい。

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