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第25話
混ぜご飯のおにぎりにあさりの味噌汁。
こんな満点の朝ご飯にありつけるなんて、都会で一人暮らしをはじめた頃は思いもしなかった。
それを言うなら、一時的とはいえ地元に帰ってくることも考えることすらしなかったことだ。
「いっただっきまーす」
「子供の頃と同じ言い方してる」
「そりゃそうだろ。
大人になっても俺だし」
見た目が大人になったからといって、なにかかわる訳ではない。
昨日の自分とかわらず、今日を生きているだけ。
それを何千日と繰り返しているだけなんだから。
自分が成人をした大人なんだと意識したり、社会的立場で、ある程度は“大人”になれたとしても、根本はかわらない。
少なくとも俺はそうだ。
琥太郎への気持ちともまともに付き合うとも出来ず、ヘラヘラした顔でやり過ごしているだけ。
都会に逃げる前となんらかわってはいない。
そんな自分の幻想を吹き消すように、味噌汁に息を数度吹き掛け湯気を消してから口をつけた。
「あー…、染みる。
貝の味噌汁ってなんでこんなに美味いんだろうな」
「ははっ、酔っぱらいかよ」
「酔ってなくても美味いよ。
コタの味付け、すげぇ好き」
大きく口を開けてハグッと齧り付くと、口いっぱいに頬張る。
鮭の美味さと脂っ気を大葉が爽やかに纏めてくれる。
そこに更に風味の胡麻と、旨味と塩味の塩昆布が追ってくる。
噛み締めれば米の甘さがすべてを上手く纏め上げ、口の中がしあわせだ。
「んっめぇ」
「本当に、あっちでなに食ってたか気になる…」
今の日本なら食い物はなんとかなる。
便利な24時間営業の店もコンビニ以外にもあるし、それこそお金を上乗せすれば部屋のドアの前に出前だってしてくれる。
便利なシステムを知ってるのに、琥太郎は心配性だ。
また1口頬張ろうとして、そうだ、と思い付いたことを口にする。
「そういや、狼?が羊か山羊か…?と、仲良くなる絵本ってあったよな?」
「ん?
あぁ…、なんかうっすら記憶あるな。
がらがらどん…?違う…?なんだっけ」
がらがらどん。
それにも聞き覚えがあるが、定かなではない。
うーん…、と渋い顔をする俺に琥太郎は話を続けた。
「いや、ふと思い出してな。
そしたら、どんな気持ちなんだろうって考えちまって」
「複雑だよな。
目に見えなくても信頼が生まれた相手が立場が違ったとして…。
それって相手が悪いのか?
狼は狼なんだろ。
生まれた時から。
で、友達が羊だか山羊だからって関係を壊さなくちゃいけないのは、狼のせいでも、羊のせいでもないだろ。
誰が悪いとか、立場がどうだとか…、そんなの、さ。
大人としてその区別は分かる…。
でも……俺は、それでも気持ちを大切にしたい……」
琥太郎の目が夜の色になる。
温度のない、方向も分からない、暗闇の色。
焦点はどこを写しているのか…なにを見ているのか。
「コタ…」
「…ん?」
声をかけると、その目はすぐに消えた。
まるで、なにもなかったかのように。
だけど、なかったことになんか出来ない。
だって、俺はこの目で、その色を見たんだから。
「碧なら知ってると思うよ。
保育園の帰りに姉さんと図書館に寄ったりしてるみたいだし」
「碧か。
今度聞いてみるよ」
コタが望むなら気が付かないフリが良いんだよな…
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