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第27話
「先輩、本当に体調は大丈夫ですか?
薬局とかコンビニ寄りますか?」
「ありがとう。
でも、本当に大丈夫だよ」
「体調悪くなったら言ってくださいね。
運転かわりますし、会社に連絡もします」
優しい後輩に心が痛む。
こんなに心配してくれているのに、考えているのは……。
赤い色を示す信号機に運転している車をゆっくりと停止させる。
不意に見た吉野の腕には腕時計がない。
「吉野くんは、腕時計しないの?」
「あ…、今日忘れて…。
いつもはスマホと連動するやつつけてます」
「便利だもんね。
ねぇ、つかぬことを聞いても良いかな?」
「はい」
本当に聞いても良いのか。
この好奇心は、誰かを傷付けないか。
一度開いたら口を閉じ、きゅっと結んでからもう一度口を開いた。
「腕時計って、なにを重視する…?」
聞いたって、なにか分かるわけじゃない。
でも、どうしても知りたくなってしまった。
「え…、便利性…とかですかね。
正直、スマホがあれば時間も分かりますし。
スマホを忘れることもないですからね。
同等の便利性か…あとはなんだろう…」
「便利性…」
確かにそうだ。
今やスマホにすべての便利性が凝縮されている。
時計、電話、メール、電卓、辞書。
正しい敬語を確認したり、電車の乗り継ぎを調べたり。
運動のサポートもお手の物で、自宅の鍵にだってなる優れもの。
ここまで便利になると、持っていなかった時になんて戻れない。
そんなスマホを持っていれば、わざわざ腕時計を必要とする人は少ないだろう。
仕事の都合、もしくはコレクション。
他に理由が思い付かない。
「高い時計とかは興味ない?」
「そうですね。
優先度は低いですね。
そこにお金をかけるなら、スマホにかけた方が堅実かなと」
まさに、同意しかない意見だ。
あの琥太郎が、高級な時計を買うとは思えない。
ブランド品より、気に入ったものを長く使うタイプだ。
じゃあ、なんで持っている。
なんで大切にしている。
なんで…、あんな目をする…。
あんな……。
俺が琥太郎から逃げたくせに今更この8年の間を知りたいなんて、とんだ傲慢だ。
俺には知る権利なんてない。
ほんと、自分のこういうところが嫌いだ。
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