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第32話

代掻きの終わった田んぼに稲が植えられ、青空の下ですくすくと育っている。 あんなに小さかった苗は、いつの間にか葉を伸ばし、株を増やし元気に太陽光を浴びている。 気づけば、もう6月。 育っているのは稲だけではなく、新入社員もだ。 「先輩、今日は同行よろしくお願いします」 「此方こそ、よろしくお願いします。 農協さんも同行してくれるんだよね」 「はい。 お昼ご飯もお供させていただきます」 「ははっ。 じゃあ、食べたいお昼ご飯考えといて」 「ありがとうございますっ! 楽しみにしてますっ!」 5月の連休が明けても頑張り続け、もう6月。 あっという間に過ぎていった印象だが、新入社員は仕事を覚えていき、最近ではミスもするようになってきた。 ミスが出るのは、慣れてきた証拠でもある。 そこを正させながらも、フォローするのも俺の仕事だ。 外回りには厳しくなってくる季節だが、植物がすくすくと育つ季節は気持ちが良い。 空の青さも、伸びる植物の緑も、清々しい。 「ちょっと待ってね。 このメモだけ……。 鈴木、このファイル、杉崎さん帰ってきたら渡しておいて。 俺、これから外だから」 「分かった。 気を付けてな」 「おん。 ごめんだけど頼むわ」 付箋にメモを書き、クリアファイルに貼り付ける。 それを同じく本社からやって来た同輩に渡すと卓上をサッと片付けてから鞄の中に資料と手帳を滑り込ませた。 いつの間にか、社内は初夏の熱気を帯びている。 開けた窓から気持ちの良い風が入ってくるが、部屋の真ん中ほどは少し暑い。 椅子の背もたれに掛けていたジャケットを手に取った。 「お待たせ。 よし、行こうか」 曇りなく空を仰いでから、吉野くんと並んで会社を出る。 眩しい光に目を細めた。 青い空は高く、澄みきっている。 それを写す田んぼも青い。 すっかり6月も夏になった。

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