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第33話
駐車場でジャケットを羽織ると、さっと身嗜みを整える。
車内も冷房をつけるほどではなく、だからといって閉め切っているのは暑い。
体調第一なので暑い時には冷房をつけるが、窓を開ければ十分だと吉野くんと判断し、セットした髪を風に靡かせて来た。
やっぱり短髪の方が色々と楽そうではある。
が、今の髪型も気に入っているので悩みどころだ。
駐車場からすぐの裏口。
主に職員用のドアだが、駐車場から近いからここから入ったら良いよと佐々木さんに言われてから、有り難く利用させてもらっている。
こういう便利なものを共有させてもらえると、良い関係を築けているのかなと思えるので嬉しい。
「おはようございます。
東雲です。
佐々木さん…」
社内へと続くドアを開けると見慣れた白髪交じりの頭が目の前に飛び込んできた。
慌てて半身を逸らすと、後ろにいた吉野くんの肩とぶつかった。
「あぁ…、遠山さん。
すみません、少し急用で出ないとでして…。
申し訳のですが、久世に任せているので後の事は久世に聞いていただいて良いですか」
良いですか?と聞きながらも、もう身体の半分は外へと向かっている。
だが、営業職をしているとこういうのもあるあるだ。
なぜ今なんだというお客様に、重なる予定。
入るだけではなく、予定が消える時も重なることがある。
充分理解出来るので、引き継ぎが出来ているなら気にせず、そちらを優先して欲しい。
ごめんね、と手を上げて出ていってしまった佐々木部長の背中を見送っていると、隣からコソッと声がかかる。
「久世さんって、あの久世さんですか?」
「よく覚えてますね。
その久世さんですよ。
それより、ぶつかったてごめんね。
大丈夫?
怪我ない?」
「全然平気です」
小声で会っても、裏口から声がしたら誰かが確認に来てしまう。
目で合図をすると、笑顔をつくる。
笑顔は最大の防御であり、最大の武器だ。
そして、頷く頭に建物へと足を踏み入れた。
「おはようございます。
東雲アグリテックの遠山です」
声に反応した頭を探すと、やっぱり“あの”久世さんが動く。
見慣れたシャツにジャケットを羽織って、ボタンをとめながら此方へとやって来る。
普段はシャツ姿で業務をこなしているが、来客の対応となれば話は別だ。
このご時世、クールビズでも構わないのに丁寧にスーツ姿で相手をしてくれるみたいだ。
はやり、田舎の方がそういう昔ながらの礼儀には厳しいらしい。
「はじめて。
佐々木の代わりを務めさせていただきます、久世琥太郎です」
見たことない営業スマイルを称えた琥太郎が名刺を差し出してくる。
思わず、こちらも営業用の顔できゅっと口角を上げた。
見慣れた名前でも、こうして小さな紙に印刷されているとどこか不思議な気持ちになる。
自分も同い年だと頭で分かっていても、お互い大人になったんだな、と。
「此方こそ、いつもお世話になっております。
東雲アグリテック株式会社の遠山鷹矢と申します。
どうぞよろしくお願いいたします」
「吉野です。
よろしくお願いします。
あ、お名刺頂戴致します」
社会人のマナーを親友に披露するのは、どうも気持ち悪い。
友達と遊んでいる時に家族に出会すくらい違和感しかない。
だけど、社会人としてしっかりしなければ。
それは琥太郎も同じ立場なのだから、嫌だとか恥ずかしいとか駄々を捏ねられない。
…というか、会社では普通なんだなと思ってしまった。
いや、そんなの当たり前だ。
大人なんだから、いくら不機嫌だろうとそれを会社に持ち込むのは違う。
自分の機嫌がとれなくてもだ。
琥太郎はそれがちゃんと出来る奴。
あの違和感はどこからも感じない。
「会場になる会議室に案内いたします。
こちらです」
親友は人の良さそうな笑顔のまま、スッと手のひらで奥の階段を示した。
仕事モードの琥太郎に会うのははじめてだが、オフとの切り替えがバチッとキマっている。
それこそ、“あの違和感”の存在を忘れるほどに。
だからだろうか。
なんだか、雨の降った後の畑を歩いているような感覚になるのは。
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