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第34話

農協の2階へと案内されたのははじめてだ。 いつもは1階の、必要最低限の機能だけを備えた応接スペースか、時々応接室──年に数度もないが──。 琥太郎の背中を見つつ、同じペースで階段をのぼる。 いつも隣を歩いていたのに、今は後ろを歩いている。 やりにくいとは感じないが、やはり不思議な感覚はある。 「…先輩、本当にご友人なんですか」 「ご友人ですよ」 先に声を出したのは俺ではない。 にっこりと振り向く琥太郎だ。 「遠山がお世話になってます」 「いえっ、僕の方こそ、いつもお世話になっております。 お噂はかねがね。 お会い出来て嬉しいです」 「噂って…、なに?」 「いやぁ…」 曖昧な笑みを浮かべたると、琥太郎が一瞬だけ目を合わせてくる。 その目が、「変なことじゃないよな」と言ってくるのを、違うと小さく首を振って否定した。 まるで授業中にコソッと話していた時みたいだ。 今みたいにメッセージアプリでやりとりとしていなかった、不便で、だけどそれが楽しかった頃。 一気に、その空気に戻れる。 琥太郎は、大人になっても琥太郎だ。 当たり前のことだけど、きっと当たり前じゃない。 成長し、立場が変われば、変化するものは沢山ある。 それだって、当たり前のことなんだ。 歩みを再開する背中に「…後で説明するわ」と言ちる。 納得してくれているのか反応はない。 「此方の会議室を使ってください。 空調の方も掃除しておいたので、衛生的に使えます。 長机は大丈夫だと思いますけど、ガタ付きが気になりましたら教えてください。 それと、椅子が足りなければまだ用意もあります。 一応、申し込み分の個数と余分に2脚用意してあります」 「助かります。 じゃあ、机を並べさせていただきます」 「よろしければ、此方もどうぞ」 琥太郎は、クリアファイルからクリップで纏められた数枚の紙を手渡してきた。 名簿と、講習の予定の書かれた書類だ。 一目で要点が分かるようにマーカーまでされている。 この細やかさは琥太郎の手作りだろう。 学生の頃から、壁新聞やパワポを使った発表で何度も読んできた琥太郎らしさが出ている。 こういう書き方の癖っていうのは、大人になってもかわらないらしい。 ……変わらないところを見つけて、また安心している。 変わることを受け入れる代わりに、変わらない部分に縋ってるみたいだ。 俺は、誠実じゃない。 琥太郎の言葉を待つでもなく、勝手に読み取ろうとしている。 その癖から気持ちを知ろうとするなんて、きっと狡い。 気づいてないふりをして、傷つかないふりをして、大人のふりをして。 そうして親友に対して、自分の顔を社会人の顔で隠してる。 「明日は、よろしくお願い致します」 「此方こそ、よろしくお願い致します」

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