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第36話
翌日。
受講2日目。
晴天の少ないこの土地にしては珍しく、雲の薄い空だ。
風は南東から、心地良いと感じる程度のものが髪の毛を揺らす。
稲生さんが、休耕地を貸し出してくれたお陰で、リアルな実践経験が出来る。
農協の駐車場の様に、大きな建物の影では風の吹き方が違う。
なにもない広大な地を駆け巡る風は、もっと自由だ。
どこの稲を見れば風の動きが分かるのか、どのくらいの揺れで機体が煽られるのか。
リアルだからこそ、意味がある。
また、地元農家さんの土地なので、地権問題もクリアだ。
こちらも有難い話で、「うちの使ってない田んぼ使ってくださいよ。その方が分かりやすいでしょ」と、農協さんに申し出てくれた。
「農協と東雲さんになら、貸すよ」と最大級の褒め言葉まで頂いて。
琥太郎が育てた信頼の芽を、枯らすことなく大きく育てたい。
大切に、丁寧に。
「機体をこのままの位置で停めます。
これが、ホバリングです。
一見簡単そうですが、風が吹くと揺れるので微妙な調節が必要になります。
あ、今、風が吹きましたね。
そちらに揺れない様に、位置を調節します。
まぁ、まずはやってみましょうか」
講習にも会社のドローンを使わせてもらえることになった。
佐々木さんが「どうせ東雲さんから借りることになるんだから、それに慣れた方が早いでしょ」と判断してくれたのだ。
本当に話が早くて助かる。
それに、今日の分も貸し出しとして扱ってくれるらしく、吉野くんのノルマも安泰そうだ。
「…えっと、ここでスティックを左…。
うわ、動いた…っ」
「そうです、そうです。
そのままゆっくり上昇させてください。
大丈夫ですよ」
少しぎこちない手付きだが、機体はまっすぐに浮かび上がった。
楽しそうな吉野くんの顔に、つい口元に笑みが浮かんでしまう。
だけど、それは他の農家さんもだ。
みんな口々に、おおー!、すげぇな、と言ってくれている。
あたたかな声の中、吉野くんも楽しそうだ。
楽しく学べるならそれが1番だ。
どんなことも楽しめるというのは才能であり、1番の学びになる。
頑張れ、と、ジャージ姿の背中を見守る。
「坊主、風が来るぞ」
「え…?
うわっ、わっ!」
「こんな風に風に煽られるもんなのか。
いやぁ、こりゃ手で持つのとは訳が違うな」
「はい、前進してください。
それは旋回ですよ」
「あれ…?
前進…してるつもりなんですけど、傾く…?」
機体の傾きに合わせ吉野くんの体も自然と傾いていく様子に、またみんなが笑う。
講師までもが笑うのが、とてもこの土地らしい。
好きだなと思うのと同時に、やっぱりこの土地で生きる人達と農業を守りたいと思った。
吹けば揺れてしまうような苗でも、しっかりと根を張れば踏ん張れる。
この地に根を張りたい。
期限付きの赴任なのに、そんなことを思う。
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