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第37話

「お疲れ様です」 声に振り向けば、社用車から降りた琥太郎が立っていた。 助手席から取り出すのはクーラーバッグ。 農協の刺繍の入ったポロシャツに、スニーカー。 刺繍さえなければ好青年にしか見えない出で立ちだ。 スラックスも、遠目から見れば学生の制服と大差ない。 ほんの少し懐かしい気持ちになる。 「佐々木からの差し入れです。 熱中症こわいですから、飲んでください」 「休憩しましょうか」 講師の声に、吉野くんや他の農家さんもドローンを一旦着陸させ、コントローラーを預かる。 休憩用に敷いたブルーシートの上に並べ、軽く手汗などを拭いていく。 こういう細かいことも、するのとしないのとでは違う。 まずは自分が大切に使うことで、大切に使ってもらえると信じている。 コントローラーを拭き終わると、自分の影にもう1つの影が重なった。 「遠山さんも、どうぞ」 「ありがとうございます。 じゃあ、久世さんもどうぞ」 余分に用意していた麦わら帽子を琥太郎に被せると、あまりの似合い具合にニヤけてしまう。 小さい頃とそっくりで可愛いったらありゃしない。 まるで、小さい頃の夏休みにタイムスリップしたみたいだ。 じいちゃん達の畑で、トマトや茄子、とうもろこしなんかをもいで、ばあちゃんに茹でたり切ったりしてもらって昼飯にたらふく食べていた、あの頃。 「似合ってる」 「久世さん、よう似合ってる」 「ありがとうございます」 手渡されたスポーツドリンクの栓を開け、1口飲む。 甘いような、しょっぱいような、味を飲み込むと、身体の真ん中がスーッと冷える。 それと同時に、田んぼを吹き抜ける風の気持ち良さが心地良く髪を揺らした。 草の青いにおい。 高いところを飛ぶ鳶。 都会とは全然違う空気が身体を撫でる。 楽しそうに話す農家さん達の声も、琥太郎の声も、すごく近い。 物理的な位置ではなく、もっと心理的な意味でもだ。 田舎の嫌だと思っていたところのはずなのに、これがここでの生き方なんだと知れたのか今は嫌いだと言い切れない。 これが歳を重ねるということなのか、それとも都会での自由な生活を知っているからか。 はたまた、期間の決まっている生活だからなのか。 自分でも分からないが現金だとは思う。 どうせ、いなくなる癖に。 無責任になりたくないのに…って。 「稲生さん、ドローンはどうですか?」 「難しいけど、楽しいですよ。 久世さんが遠山さんなら信頼出来るって言ってたのが分かります」 「でしょう。 真面目で誠実で、だけど遊び心も持ってて、良い人なんです」 琥太郎が得た信頼が自分の背中を押してくれる。 きっと、琥太郎がいなかったら、今日、こんな風に受講をすることは叶わなかっただろう。 「今日は、ありがとう。 お陰で良い勉強が出来た」 「んーん。 うちも、ドローン使ってみたいって若い農家さんもいたから、貴重な機会をもらえたよ。 やっぱり農協だけじゃドローンは分からないことばかりだし、最後まで完結は難しいから協力してもらえて嬉しい」 風が吹いて、乾いた稲の葉が擦れる音がする。 その瞬間が、たまらなく愛おしかった 青空の下、たわいもない会話が交わされる。 ここにあるのは、ただの平和な一日だ。 だけど、こんなふうに過ぎていく毎日こそが、きっと一番尊くて、守りたいものなんだと思った。

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