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第46話

「コタく…、琥太郎くん」 「コタで良いですよ。 呼びやすいように呼んでください」 親友も“コタ”と呼んでいた。 最近は仕事も急がしそうで全然顔も見れてはいないが、メッセージをやりとりしている分には元気そうだ。 それに、妹が近くに住んでいてなにかと気にかけてくれているのを妹からも聞いている。 近くに部屋を借りるみたいだから、よかったら気にかけてと声をかけたのは自分の方だが、すごく面倒をみてくれているみたいだ。 だから、連絡がないのは元気の裏返しだと思っている。 「でも、ご両親が願いを込めてつけてくれた名前でしょ」 篁さんは器用そうで、時々すごく不器用だ。 それは、不器用というより繊細と言った方が言い得ているようにも感じる。 今だって、俺や俺の両親のことを優先してくれている。 相手の呼び方なんて、子供だって気にしないことだ。 大人だって。 なのに、そんな些細なことへと目を向ける人。 「あだ名には親しみが込められています。 親しみは、願いと同じだけ大切なものですよ」 「なら、俺のことも篁じゃなくて名前で呼んでよ。 俺だけ名前で呼ぶなんて図々しいでしょ」 「そんな…」 「名前、覚えてない?」 「…覚えてます、けど…」 あんなに綺麗な名前、忘れたりしない。 けれど、なんだか…恥ずかしい。 なんで恥ずかしいかなんて分からない。 けど、ふい…と視線を伏せて、逸らせてしまう。 「呼んでみて、コタくん」 「……りゅ、龍雅さん…」 やっぱり、綺麗な名前だ。 「うん」 だけどそれ以上に、その声の優しさに驚いた。 「うん」 そのたった2文字に、どれだけのものが込められているのか。 顔を上げると、世界中のしあわせを集めたような顔があった。 ただ名前を呼んだだけなのに、まるで大切な秘密を分け合ったような、そんな気がした。 「すごく良いね」 名前を呼んだだけなのに。 何気ないことなのに。 なのに、あたたかいものが胸の奥でゆっくりと広がっていく。 なんでこんな気持ちになるんだろう。 なにがこんな気持ちにさせるんだろう。 張子の虎が手の中から、こちらを見ていた。

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