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第50話
本当は、きっとこわいんだ。
母親から放置気味に育ったこと。
父親代わりに育ててくれた人の生き方。
龍雅さん自身が背負うもの。
きっと、それらが重くて痛くて、冷たくて、こわいんだ。
俺にまでそれを背負わせたくない。
そんなことを考えているんだろう。
龍雅さんは、優しい人だから。
「でも、俺は…コタくんに秘密にしてることが」
首を振って言葉を遮る。
言いたくないこと、言えないこと、それを持っている“篁龍雅”に惹かれた。
だから、全てを言葉にする必要なんてない。
勿論、分かっていた方がお互いにとって良いこともある。
けど、人間はそんなに強くない。
隠したいことがあって、言えないことがあって、当然だ。
無理をして提示する必要なんてない。
どんなに忘れたい記憶であろうと、その記憶がなければ“今”の龍雅さんはいない。
きっと、選びたくなかったものを選んで得た“今”なんだと思う。
それは、理不尽であり、強さであり尊さでもある。
綺麗事を言うつもりはない。
だけど、その過去がなければ出会えなかったかもしれないのも事実。
少なくとも、龍雅さんが父親代わりの人と出会わなければ、財布を拾うことはなかったのだろう。
冷たい手をとると、また握り締めた。
この手を少しでもあたためたいと思うのは、俺の我が儘だ。
だけど、あたためたいと願ってしまう。
寒いのは、痛いから。
「“今”の龍雅さんが好きです」
「本当に、俺で良いの?
離してあげられないよ…」
「龍雅さんが好きなんです。
離しません。
だから、離さないでください」
コツン、と肩に額が乗せられた。
顔のすぐ横に頭がある。
はじめての時のように、ふんわりとした落ち着いたにおいがする。
「俺も…好きだよ、コタくん」
肩に乗る頭に自分のそれをくっ付ける。
そして、広い背中に腕を回した。
なんだか肩口があたたかく感じたのは、きっと龍雅さんの抱えていたものの重さなんだと思う。
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