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第51話

少しずつお互いのことを知っていった。 少しずつ距離を縮めていった。 龍雅さんは、時々部屋に泊まってくれるようににった。 仕事終わりに部屋に訪れてくれて、一緒に晩ご飯を食べる。 それからサブスクリプションでドラマや映画を観たり、本を読んだり。 同じベッドで寝ることはなかった。 龍雅さんはいつもソファで寝ると言ってきかなかった。 「ベランダでおにぎり食べますか?」 「ベランダでおにぎり?」 「外で食べると気分がかわって美味しいですよ」 良く晴れた日曜日。 遅く起きて、朝と昼兼用の食事を用意する。 1人なら食べなくても良いか…と自堕落になるところだが、今日は龍雅さんもいる。 一緒に食事をしたい。 そう申し出ると、「してみたい」と頷いてくれた。 炊飯器の中の昨日の残りご飯の量を確認すると、冷凍庫から鮭の切り身を取り出す。 それから、たまご。 あとは青菜でもあれば良いのだが…、と冷蔵庫を漁る。 「大丈夫?」 「はい。 大丈夫です」 ないならないで良い。 家庭料理は、そういうものだ。 あるもので調理するから面白い。 保温されている米だけでは足りなさそうなので、冷凍していたご飯を取り出しレンジで解凍する。 「俺にも、なにか手伝えることある?」 「じゃあ、鮭を見ていてください。 時々開けて、美味しそうな色になったらひっくり返してください」 「うん。 分かった」 魚焼きグリルに鮭の切り身をのせ、龍雅さんに任せる。 背中を丸めてグリルを覗き込む姿が、なんだかとても愛おしい。 大きな身体を縮込ませるのは窮屈そうにも見える。 だけど、案外楽しそうな顔をしている。 適当な茶碗にたまごを割り落とし、軽く味を整え、炒りたまごを作っていく。 フワフワにする為にマヨネーズを少し入れたのを龍雅さんは目を真ん丸にして見ていた。 そうこうしていると、電子レンジがご飯の解凍を終えたことを知らせた。 あちあちのご飯と炊飯器の中身をボウルに移し、そこに炒りたまごをあける。 龍雅さんは、それに首を傾げた。 「混ぜるの?」 「はい。 あ、言ってなくてすみません…。 実家のおにぎりは、真ん中に具を埋めるんじゃなくて、混ぜ込むんです。 梅干しと大葉とか、しらすと青菜とか。 混ぜご飯は、お嫌いですか?」 「うんん。 食べてみたい」 俺も、食べみて欲しい。 自分の育った物を。 大好きな人に。 興味深そうな目は子供みたいに純粋だ。 「コタくん、美味しそうに焼けたよ」 続けて味噌汁用のお湯を用意していると、龍雅さんが嬉しそうに声をかけてくる。 グリルの扉を少し開けて、焼き色のついた鮭を覗き込んでいる姿が、どこか子供みたいだ。 胸の奥が、ふんわりとあたたかくなる。 こんな風に、一緒に台所に立って、他愛ない会話をして、鮭を焼いて、それを嬉しそうに見せてくれる。 その全部が、やけに眩しく感じた。 「ありがとうございます」 目の前で笑うたった1人の人が世界を鮮やかにかえてくれる。

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