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第54話

電車に揺られ、最寄駅まで運んでもらう。 少し残業をしたので時間的にも学生も少なく、有り難いことに座ることが出来た。 今日はデスクワークが中心だったが、座れば吊革に掴まりフラフラとバランスをとる必要もなく楽だ。 それに、ボーッと車外を眺めていると様々なところから季節が伝わってくる。 仕事で四季折々の農作物を見ていても、やっぱりそういうところから伝わってくる季節も好きだ。 ICカードをタッチし、改札を抜ける。 そこには見慣れた人がいた。 キッチリとスーツを着込み、ただ立っている。 それだけなのに、すぐに視界の中心になる。 「龍雅さん…」 「あ、おかえり」 「ただいまです。 あの、どうしたんですか」 「ん? コタくんを待ってた」 待ってた… 俺を… 鞄にICカードを入れる手が止まる。 スラックスにぶつかり、音をたてるビニール袋。 1歩近づく革靴。 ふわりと空気に混じる龍雅のにおい。 「一緒に食べたいなって思って。 梨」 袋を覗き込むと、ゴロゴロとした梨が入っていた。 「こんなに沢山」 「初物だよ。 初物食べると寿命延びるんでしょ」 「え…? そう、ですね」 「コタくんより年上だからね。 せめて、その時間の分は長生きしたいから」 少しでも長く一緒にいられるように。 その言葉に胸がぎゅーっとする。 長生きすることを考える程、長く隣にいてくれる。 そんなの、プロポーズみたいなものだ。 ……暗くて、良かった かぁっと頬が熱くなるのが分かった。

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