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第55話
まだ少しだけ昼間の熱気が残りつつも、髪を揺らす風は秋のにおいが混じっている。
漸く涼しくなっていく風が気持ち良いと思えるようになってきた。
「ここら辺は野良猫が沢山いるんです。
みんな地域猫で、耳がサクラになってるんです」
「へぇ。
ゴミを漁らなくても生きていけるのはしあわせだね」
平垣の上で伸びる猫を見ながら龍雅さんは穏やかな声で言葉を選ぶ。
特に最近は言葉選びが穏やかだ。
両想いになってから、龍雅さんは自分を卑下するようなことを言わなくなった。
付き合えていることも勿論嬉しいが、卑下しなくなったことがもっと嬉しい。
だって、本人であれど、好きな人を貶されて嬉しいはずがないだろ。
自分も簡単に下げてしまうのをやめようと意識はしている。
お互いにとって良い変化だと思う。
「あ…」
猫がケツを向けたかと思ったら、プシャッとナニかを吹き付けた。
腕で顔を庇いつつもキツく目を閉じる。
だけど、なにかが吹きかかる感じもなく、恐るおそる目を開ける。
タイミングが悪ければ目にかかってしまう。
だからこそ、言葉通りにゆっくりと目蓋を持ち上げた。
すると、猫はストンっと塀の向う側へと消えていった。
一瞬、なにが起きたのか分からなかった。
「……」
もしやと思い隣を見上げれば、明らかに顔付きが違う。
チ…ッ、と軽い音もする。
「マーキングしやがった」
「す、みません…。
庇ってくださったから…」
「いや、コタくんがマーキングされなくて良かったよ。
コタくんは、俺の恋人だからね」
「恋人…」
「恋人だろ?」
うん、と頷くと満足そうな顔が返ってくる。
どうしたんだろう。
なんだか今日はすごくドキドキする。
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