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第57話
浴室のドアの開く音に心拍数が上がる。
濡れた髪から滴る雫が、首にかけたタオルに落ちている。
「助かったよ。
ありがとう」
「いえ…、俺の方こそ庇っていただいて…ありがとうございます」
どんな顔をしたら良いのか分からない。
いい歳をして、恥ずかしがっているのも恥ずかしい。
けど、平気な顔がどんな顔か分からない。
普段の表情筋はどんなだったか思い出せない。
素麺を茹でる手が止まってしまう。
「もしかして、照れてる?」
「え…っ、」
「そんな意識されると、悪いことしてるみたいだね」
近付いてくる龍雅さんに、なぜか身体は逃げてしまう。
顔が見られない。
どこを見たら良いか分からず、足元へと視線を下ろせば、1歩、また1歩と近付いてくる足がよりはっきりと分かるだけ。
ふわっと香るのはいつもの香水のにおいではなくて、部屋のボディソープ。
心臓の音が身体中に響く。
龍雅さんに、届いてしまう。
「意識してくれてるんだ。
嬉しい」
「っ!」
自分のシャツに龍雅さんの髪から落ちた雫が拡がっていく。
ジワジワと拡がるのは、冷たさではない。
「…なんてね。
素麺茹でるの邪魔してごめんね」
「え…、いえ…」
一瞬だけ見えた龍雅さんの目はまた深い色をしていた。
でも、それが本当かどうかは分からない
ただ、離れていく背中に返す言葉が見つからなかった。
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