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第60話

スーパーに並んでいた梨はいつしか姿を消し、林檎や蜜柑、バナナに洋梨が並んでいた。 仕事柄季節感はある方だと自負していたが、龍雅さんと過ごす日々は楽しくて嬉しくて、しあわせで、あっという間に過ぎていく。 それこそ、瞬きしているみたいにだ。 「龍雅さん、餅いくつ食べますか?」 「2つ」 窓の外は深々と雪が降り積もっていくが、部屋の中はあたたかい。 あたたかい部屋で冷たいアイスも美味しいが、おやつに焼きたての磯辺焼きを食べることにした。 甘辛い砂糖醤油に海苔を用意して、餅は簡単に魚焼きグリルに任せる。 いつかのようにグリルの小窓を覗く龍雅さんに愛おしさが込み上げてくる。 ずっと見ていたい景色だ。 隣に並んで一緒に小窓を覗き込む。 ぷくぅ、と膨れていくが可愛い。 「膨らんできましたね。 まだ沢山あるので、おかわりも食べてください」 「そろそろ龍雅って呼ばない? 龍雅さんもすっごく良いんだけど、呼び捨てでも呼んでほしいな」 「え…と、」 「俺も、コタって呼びたいし。 ね」 「それは嬉しい…けど…、でも、龍雅さん、歳上ですし」 それに、出会った時から今日までずっと“龍雅さん”だ。 それ以外の呼び方は想像したこともなかった。 「歳上とか歳下とかも大切だけど、恋人だろ?」 「それは…、はい…」 「ね、俺の名前呼んでみて」 「りゅ…、龍…雅……さん」 格好悪く、日和ってしまった…。 だって、口に出すと、とても……恥ずかしい。 また1歩龍雅さんに近付くみたいで。 もっと近付きたいのに、それが少しだけこわい。 好きだから臆病にもなる。 だけど、なんだか胸の奥の辺りがふわふわする。 照れる俺に、龍雅さんは表情を綻ばせた。 やわらかくて、あったかくて、少しだけ泣きたくなるような顔。 もう一度、勇気を出したい。 「ん…? あ…っ」 香ばしいにおいが少しだけ濃くなる。 そのにおいに気が付いた2人は、慌てて魚焼きグリルを開けようを身を屈めた。 ゴチッ 「…っ」 「うわっ、ごめんっ」 「いえ…、俺こそ、すみません…」 慌てて覗き込んだせいで、お互いの頭をぶつけてしまう。 少しだけジンジンする頭のまま2人で覗き込んだ、グリルの中の餅は焦げている。 「焦げ…ちゃいました…」 「あー、俺が食べるから、コタくんの分焼き直しなよ」 「これくらいこそげば大丈夫です」 「なら、2人で食べようか」 そんなことも愛おしくて、毎日がしあわせで溢れている。 まるで世界中がそうであるように思えるほど。

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