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第61話
農家さんにとって、ゴールデンウィークなんてあってないようなものだ。
天気も良く、あたたかくなってきたこの時期には、稲をはじめ沢山の作物の植え付けがはじまる。
朝から何人もの農家さんと挨拶をした。
皆さん、やっとはじまる作付にどこか嬉しそうな顔をしていた。
それを手伝うのが農協の仕事だ。
春先から肥料や土の準備をはじめ、土を耕し、ふかふかにする。
そこへ種や苗を植え、誰かの手に届く手前までをサポートするは最早誇りだ。
誰かに理解されなくても、農協さんの声は大切にすべきものだから。
本当なら午前だけで終わるはずの仕事。
だが、そうはいかないのが仕事だ。
腹減った…
お茶で誤魔化してたけど、なんか食いたい…
午前のみの勤務先予定だったので、昼もとらずにお茶だけで乗りきった。
そんな今は、時刻はおやつ時を指そうとしている。
今日は、あっちにこっちに動いたので余計に腹が減っていて、腹が鳴りそうだ。
涼しい電車から降りて、緑の増えてきた道を歩き続ける。
歩く道路の隅や、人達の暮らす家の庭先や、玄関先。
庭に作られた家庭菜園も、気が付けば植物が植えられている。
そんな変化を見付けながら歩けば、部屋はもうすぐだ。
ふと、自分の借りている部屋を見上げると、ベランダに洗濯物がはためいていた。
農協のポロシャツや、Yシャツ、タオルも。
それだけで胸が満ちていくから不思議だ。
だって、今日は洗濯をしていない。
“してくれた人”がきっと部屋にいる。
疲れているはずの身体も単純で、足が軽くなって地面を蹴る。
子供みたいだって言われても構わない。
そんな誰かの意見より、ずっと大切なものをしっているから。
鍵を挿し込み、解錠する。
靴を脱ぐのももどかしい。
「ただいま帰りました」
「おかえり。
疲れたでしょ。
休日出勤、お疲れ様」
龍雅さんは珍しく朝から休みをもらっていたのに、時間が合わず待たせてしまった。
それでも、優しく微笑みながら出迎えてくれる。
春先からこの部屋を生活の根拠地の1つとしてくれるようになった。
泊まることが多くなって、一緒に食事をする回数が増えて、こうして迎えてくれることも増えた。
龍雅さんは夜中に出掛けることもあったが、その時も「いってきます」と言ってくれる。
返す言葉は「いってらっしゃい」。
帰る場所はここなんだと言わんばかりに。
「いえ。
今の時期は農家さんにとって大切ですから。
その手伝いなんて、全然大変なんてことないです。
着替えてきますね」
「うん。
待ってるね」
ポン、と頭を撫でる優しい手に思わず顔が綻んだ。
鞄を下ろすと、一気にオフモードに切り替わる。
ここら辺の言葉で表現すれば“だっくらする”。
ふ、と息を吐ける瞬間だ。
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