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第85話
丸々1個すべてをうさぎにしてくれるらしく、また次の林檎もうさぎに変身していく。
手渡されたそれをシャリっと噛むと、じゅわっと爽やかな甘さが口いっぱいに広がった。
大当たりの林檎だ。
「うっまい」
「沢山食え。
足りなきゃまだ剥くからな」
「ありがとう」
「紅茶のパックもらっていいか?
皮でアップルティー作ろうぜ」
家庭的な考えに、きょと…としてしまう。
「なんだよ…」
「いや、紅茶だよな。
これで良い?」
「ありがとう。
どこの彼女に教わったとか思ってんだろ。
残念。
営業先だよ。
コタにも飲ませてぇなって思って」
「そうなの?」
東京での仕事のことはあまり聞いたことがない。
今と仕事内容は変わらないよ、と言うが、都会の田んぼはどれほどの広さがあるのかすら知らない。
そんな世界で生きていた。
もっと知りたい。
…だけど、こわい。
「うん。
すっげぇ美味くて。
これコタ好きそうって思った。
それに、農家さんが大事に育てた林檎だろ。
皮もちゃんと味わいたいしな」
「社会人だな」
「社会人だっつぅの。
ほら、お湯入れるから気を付けろ」
マグカップに直接林檎の皮と紅茶のティパックが入れられ、そこにお湯を注ぎ入れる。
湯気に霞む横顔が、どうしようもなくあたたかくて、苦しかった
あぁ…、ほんとに俺は最低だ。
林檎の甘いにおいと鷹矢の笑顔に、俺は罪悪感を飲み込んだ
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