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第86話

日付けが進むにつれ、寒さは一層増すばかり。 寒いから重ね着をして身体をあたためる。 そんなことすら、自分の生命を守る為のみっともない行為、と思ってしまう。 作った笑顔を貼り付け、藤野さんの自宅を訪ねる。 「おはようございます」 「あれ、久世さん」 「この前言っていた資料持ってきましたよ。 一緒に見ませんか」 朝から顔を出すのは顔馴染みの農家さんの自宅。 収穫も粗方終わり、畑を休ませる間にも農家さん達にはすることがある。 例えば、来年度の作付計画や肥料の注文。 経営実績の報告、補助金制度やセミナーの連絡事項。 表だって見えることではないが大切なことだ。 「上がってください。 おーい、久世さん来られたぞ」 「あら? あらら、久世さん。 おはようございます」 深い色のセーターがよく似合う奥様もにこやかに迎え入れてくれる。 すっかり寒くなりましたね、なんてどこでも使える挨拶にもにこにこと頷いた。 落ち着き、安心する空間には、この笑顔がよく似合う。 茶の間に通され、湯飲みを出された。 いつでも誰が来ても良いようにポットお湯が沸いているのも祖父母の家のようだ。 「どうぞ」 「すみません。 ありがとうございます」 「これも食べてって。 ちょうど干しあがったの。 ね、お父さん」 「干し柿…」 差し出された皿に並んだ干し柿は、目を逸らしていたそれだった。 玄関脇の軒先に吊り下げられていた柿。 奥様の笑顔は優しくて、部屋も温かい。 差し出された皿に並ぶ干し柿は、まるで自分を責めてるみたいだ。 時間を利用し甘くなるそれを、見るのは嫌だった。 わざと見ないように入ったのに。 「嫌いか?」 「いえ。 いただきます」 やわらかくて、ねっとしていて、甘い柿。 元々の渋さはどこにいったのか、甘い。 時間が甘くする。 残酷な味だ。

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