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第87話

「助かったよ。 両手いっぱいでさ…」 「この時期、洗濯物乾かないもんな。 生乾きのにおいも嫌だし。 浴室乾燥も良いけど、洗って乾燥まで終わらせられるコインランドリーも楽だよな。 俺もコインランドリーで洗濯すっかな」 やる気が起きず洗濯物を溜めた結果だが、曖昧に頷いてみる。 龍雅さんが良いにおいだと好んでいた洗濯洗剤も柔軟剤も変えていない。 だけど、そのにおいが首を絞める。 この10日ほど、干し柿の甘さが頭から離れない。 ベッタリと貼り付き、更に息を詰まらせる。 甘くて、甘くて、甘い。 玄関前でポケットから鍵を取り出そうと立ち止まると、アゲハチョウがふわふわと2羽飛んできた。 まるで踊るように、軽やかに天を舞っている。 亡くなった人は蝶になって返ってくる。 そんな迷信が頭を過った。 蛹から蝶へと変化する様が人の一生に似ているから。 美しいから。 蝶は自由だから。 寒いのに、飛んでいる。 「…っ、」 「コタ…? コタ、どうした。 腹痛いか? 目になんか入ったか?」 なんで…… ボロボロ溢れる涙を抑えることが出来ない。 この気持ちを、知ってしまったから。 だから、帰ってきてくれたのか。 迎えに来てくれたのか。 それとも、裏切りに気が付いたのか。 龍雅さんがいないのに笑っている。 笑っている自分に気が付くと殺したくなる。 死ねよ、と何度も思った。 殺してやると何度も思った。 忘れて笑うなんて、1番したくないことだ…。 龍雅さんが会いに来てくれたなんて……、違う。 そんなことは有り得ない。 そんなの自分にだけ都合が良すぎる。 まるで楽になりたいみたいだ。 龍雅さんがくれたものなのに。 責めてほしい。 恨んでほしい。 忘れないで。 離れないで。 帰ってきて。 「コタ、泣いて大丈夫だからな」 なんでも良いから、会いたい。 会いたい。 どんな理由でも、会いたい…。 会いたいよ…。 「…ぅ……、…」 なのに、背中を擦る手があたたかくて火傷しそうだ。

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