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第88話
鷹矢が部屋にいることが、当たり前になりすぎていた。
泣きじゃくる俺を支えて室内へと誘導してくれたまでは良かった。
問題はその後だった。
つい、腕時計へと手を伸ばしてしまった。
いつものように、抱き締め、胸に抱える。
宝物だから。
龍雅さんから預かった物だから。
しっかりと胸を抱き締める。
「その腕時計って…亡くなった人の……」
「…っ!」
なんで…、知って……
鷹矢は知っている。
…知っている。
どこまで。
龍雅さんと付き合っていることを…?
それとも、なにを…。
龍雅さんのことで知っていることは少ない。
2年一緒に過ごしていて、一緒に生活をしていて、それでも尚、知らないことが多い。
龍雅さんは自分のことを多く語る人ではなかったから。
知られたくないと思っている人だから。
職業も、部屋の場所も、なぜ夜に仕事に行くことがあるのかも、知らない。
過去も。
そんな不器用な人のことを、鷹矢は知っている。
鷹矢は、しまった、と眉の間に皺を寄せながら困った顔をしている。
本当に……知っているんだ。
「……鷹矢には、知られたくなかった…」
鷹矢には…、鷹矢にだけは……。
俺は部屋を飛び出した。
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