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第89話

飛び出したところで、どこに行くっていうのか。 ネットカフェか24時間出入り自由の道の駅で過ごすか。 田舎は、そんな便利な場所は限られる。 その他には、実家しか思い浮かばなかった。 歩きなれた玄関前のスロープを歩いて、足を止める。 鷹矢との思い出がいくつも思い浮かぶから。 土曜日に小学校へ通っていたのはほんの1年程。 だけど、その午前授業が終わると、腹減った!昼ご飯はなんだろう!と駆けなから2人で帰ってきたのは、昨日のことのように思い出せる。 楽しかったあの頃。 なにも考えず、明日がくるのもこわくなかった。 なのに、今はどうだ…。 明日がこわくてたまらない。 龍雅さんのいない日々は、苦しくて、龍雅さんを忘れて嗤っている自分を殺したいと思う。 大好きな人が亡くなったのに笑っている自分を殺したい。 もっと首が締まれば良いのに。 「ただいま」 「こたろーだっ!」 「碧、元気だな」 元気だよ!と小さな頭が跳ねる。 元気ならなによりだ。 元気なら…。 ポン、と頭を撫でてみる。 生きてる温度がする。 「たかや、いないの?」 「いないよ。 俺だけ」 「そっかぁ。 また、たかやとあそびたいなぁ」 素直な言葉が羨ましい。 こんな風に自分の気持ちに素直になっていたら、なにかかわっていたのだろうか。 龍雅さんのことも、鷹矢のことも。 俺はいつも逃げてばかりだ。 「碧、ドアは開けたら閉める…あれ? 琥太郎だ。 麦茶飲む?」 「あ、うん」 「碧、琥太郎に麦茶運べる? あとお菓子も」 「まかせてぇ」 早く行こうと手を引かれ、脱いだ靴もそのままに部屋へと連れていかれる。 小さくてあったかい手だ。 やわらかくて、だけど、しっかりと握ってくれる。 鷹矢には、こういうしあわせが似合う。 世間が言う“普通”が。

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