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第90話
机の上の茶菓子の趣味が渋いのは仏壇に上がっていたかららしい。
じいちゃんがこのお菓子を食べていた記憶はないが。
まぁ、そういうのは気持ちの方が大切なのだろう。
姉さんも向かいに座り、スナップエンドウの筋を取っている。
その口元へ碧が時々お菓子を運んでいる。
「たかやにもあいたい。
まいにち、おうちにいてほしい。
ママは、たかやとけっこんしないの?」
「しないよ」
「なんでぇ」
鷹矢は良い父親になる。
想像しなくたって分かる。
碧との接し方や、性格、昔からの付き合いで、そんなの歴然だ。
さっきも思った通り、鷹矢にはそういうしあわせが似合う。
家族で笑っている方がずっとしあわせそうだ。
「ママは、鷹矢くんのこと好きだけど、愛してないからだよ」
姉さんは作業していた手を止めて蒼の目線になる。
すごく母親らしい行動だ。
……鷹矢もそうして碧と接していた。
「碧はさ、ママのこと好き?」
「うんっ」
「琥太郎は?」
「すきっ」
「瑠奈は?」
「すきっ」
テレビから聞こえる声より、姉さんの声の方が真っ直ぐに耳に届いてくる。
「うん。
そうだね。
みんな好きだね。
なら、今日、ママはお外にお泊まりして来ても良い?」
「なんでっ、やぁだっ」
「ママじゃなくて、琥太郎がいるよ」
「こたろーもすきだけど、ママがいいっ」
大きな目から涙がポロポロ溢れる。
姉さんはそれでも表情を変えない。
「けど、琥太郎がお部屋に帰るの泣かないね。
それは良いの?」
「うん…」
その時、表情がふと緩んだ。
「それが、好きと愛してるの違いだよ。
同じ好きでも、少し違うの。
意地悪なこと言ってごめんね。
ママはお外にお泊まりに行かないよ。
今日も一緒に寝よう」
「うん…」
「大人のことに巻き込んでごめんね…。
我慢させちゃって、ごめんね」
姉の言葉がグサグサと刺さる。
“好き”と“愛してる”の違い。
すごく似ていて、少し違う。
だけど、その少しがとても大切な違いなんだ。
俺は、その違いを知っている。
知っていた。
なのに、逃げた。
自分ではどうすることも出来なくて。
知らずにいることより、もっと罪は重い。
ぎゅっと手のひらを握り締め、その重みを感じる。
すると、背中にあったかいものがつっ付いた。
「こたろー、ぎゅぅ」
「どうした」
「こたろーもすきだよ」
「そんなこと気にしてるのか。
優しいんだな。
けど、大丈夫。
気にしてないから。
やっぱりママは1番だよな」
やわらかな髪の毛をぐちゃっと撫でた。
目に涙を溜めて、それでも自分を気にかけてくれた優しい子。
誰だって大切な人はいる。
親や、子。
友達であったり、恋人であたったり、自分自身であったり。
それを1番に思うのは悪いことではない。
きっと、当然なんだ。
当然なのに、どうして俺はその当然を選びきれないのだろう。
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