109 / 111
第99話
はぁ…っ、はぁ…っ、
「コタ…っ!」
キャップを被った頭が、スマホから視線を上げる。
キョロキョロと辺りを見回す頭にもう一度声をかけた。
振り向く幼馴染みの顔を俺は一生忘れない。
──パッと世界が色付いたように笑う大好きな顔を。
「遅れてごめん…」
「すっげぇ待ったんだけど?
営業部課長さん」
棘のない、楽しそうな顔がキラキラしてる。
「め、面目ない…」
「嘘。
俺が早く来すぎただけ。
だから、朝から何度も部屋から一緒に行く?って聞いたのに。
折角、俺の部屋に泊まったんだから一緒に行けば早かったろ。
しかも、先に部屋を出たの鷹矢だし。
なんで遅れたの?」
「いや…、外で待ち合わせってデートの醍醐味だろ…。
してみたくて……。
遅れたのは…………東京と同じ感覚で電車乗ったら、次のやつが1時間半後で…車とりに戻ってました…」
幼馴染みではなく、恋人としてのはじめての外出だ。
デートってだけで、胸がトキめく。
甘酸っぱさなら、苺にも負けない。
さくらんぼだって目じゃない。
言い訳にする訳ではないが、…ないが、ワクワクするだろ…。
「乗り遅れたのかよ…。
何年こっちで生活してたんだ…。
鷹矢が東京帰ってから中々会えないのに、遅刻なんて寂しいなぁ」
「う゛…、それは……昼飯、ご馳走させてください……」
「やった!
焼き肉食おうかな。
昼から飲むのも良いな。
鷹矢の運転だろ」
「はい…。
是非、運転したいです……」
にこにこと嬉しそうな顔をする琥太郎を見ていると、遅刻して良かったなんてことすら思う。
馬鹿だろ。
恋は盲目。
愛も盲目。
恋っていうのは人を馬鹿にするんだ。
だけど、とてもしあわせな馬鹿だから気にしなくて良い。
「ほんとに3年で東京に戻るし、課長に昇進してから、なんだかんだ忙しくて会えてなかったろ。
まぁ、責任も増えた訳だし、しかたねぇなとは思ってる。
毎日充実してるんだなぁって分かってたし。
けど…俺も、今日を楽しみにしてたんだからな」
「昨日はそんな素振りしてなかったのに?
俺に会った時より、あんバターのフィナンシェ渡した時の方が喜んでただろ」
「昨日は友達モード。
今日は、恋人モード」
はにかむ顔が愛おしい。
世界で1番見たかった顔だから。
ついニヤけてしまう顔のまま隣に並ぶ。
「映画館で盛りそうなこと言うなよ」
「は?
中学生かよ。
公然猥褻だし。
俺は今日のデートを楽しみにしてたのに、鷹矢はセックスが楽しみなんだ。
寂しいなぁ。
身体かぁ。
都会の人はこわい…」
「ちがっ、コタ…っ」
「焼き肉食いながらビール決定だわ。
キムチとニンニクも食おう。
あ、流石に映画のチケットは忘れてないよな?」
「あります…」
鞄から取り出した前売り券に琥太郎は頷いた。
「うむ。
確かに」
ともだちにシェアしよう!

