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第99話

はぁ…っ、はぁ…っ、 「コタ…っ!」 キャップを被った頭が、スマホから視線を上げる。 キョロキョロと辺りを見回す頭にもう一度声をかけた。 振り向く幼馴染みの顔を俺は一生忘れない。 ──パッと世界が色付いたように笑う大好きな顔を。 「遅れてごめん…」 「すっげぇ待ったんだけど? 営業部課長さん」 棘のない、楽しそうな顔がキラキラしてる。 「め、面目ない…」 「嘘。 俺が早く来すぎただけ。 だから、朝から何度も部屋から一緒に行く?って聞いたのに。 折角、俺の部屋に泊まったんだから一緒に行けば早かったろ。 しかも、先に部屋を出たの鷹矢だし。 なんで遅れたの?」 「いや…、外で待ち合わせってデートの醍醐味だろ…。 してみたくて……。 遅れたのは…………東京と同じ感覚で電車乗ったら、次のやつが1時間半後で…車とりに戻ってました…」 幼馴染みではなく、恋人としてのはじめての外出だ。 デートってだけで、胸がトキめく。 甘酸っぱさなら、苺にも負けない。 さくらんぼだって目じゃない。 言い訳にする訳ではないが、…ないが、ワクワクするだろ…。 「乗り遅れたのかよ…。 何年こっちで生活してたんだ…。 鷹矢が東京帰ってから中々会えないのに、遅刻なんて寂しいなぁ」 「う゛…、それは……昼飯、ご馳走させてください……」 「やった! 焼き肉食おうかな。 昼から飲むのも良いな。 鷹矢の運転だろ」 「はい…。 是非、運転したいです……」 にこにこと嬉しそうな顔をする琥太郎を見ていると、遅刻して良かったなんてことすら思う。 馬鹿だろ。 恋は盲目。 愛も盲目。 恋っていうのは人を馬鹿にするんだ。 だけど、とてもしあわせな馬鹿だから気にしなくて良い。 「ほんとに3年で東京に戻るし、課長に昇進してから、なんだかんだ忙しくて会えてなかったろ。 まぁ、責任も増えた訳だし、しかたねぇなとは思ってる。 毎日充実してるんだなぁって分かってたし。 けど…俺も、今日を楽しみにしてたんだからな」 「昨日はそんな素振りしてなかったのに? 俺に会った時より、あんバターのフィナンシェ渡した時の方が喜んでただろ」 「昨日は友達モード。 今日は、恋人モード」 はにかむ顔が愛おしい。 世界で1番見たかった顔だから。 ついニヤけてしまう顔のまま隣に並ぶ。 「映画館で盛りそうなこと言うなよ」 「は? 中学生かよ。 公然猥褻だし。 俺は今日のデートを楽しみにしてたのに、鷹矢はセックスが楽しみなんだ。 寂しいなぁ。 身体かぁ。 都会の人はこわい…」 「ちがっ、コタ…っ」 「焼き肉食いながらビール決定だわ。 キムチとニンニクも食おう。 あ、流石に映画のチケットは忘れてないよな?」 「あります…」 鞄から取り出した前売り券に琥太郎は頷いた。 「うむ。 確かに」

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