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第6話 カリエ王国と東方流民
カリエ王国に何が起こっていたのか。
アンリがなぜ親元を離れて、アナマリーと二人で僕の国、ゾルタン王国へ来たのかの話。
アナマリーが成長する僕たちに合わせて、少しずつ説明してくれた事によると。
カリエ王国はゾルタン王国の北東にあって、一年の半分近くが雪に覆われる。四方を高い山脈に囲まれ、中央部分の平地に首都もあり、人口が集中していた。山脈からの豊富な水量のある川は首都で集まって大きな河となって、唯一山並みの切れたカリエ王国の北の大国――ソルヴェノナ北帝国――に流れていた。そして遥か北の海まで繋がった大河で船による物流が活発だった。狭い平地や山肌を利用して、農業も林業も面積の割に収益を上げていた。鉱産資源は豊富。数ヶ所ある火山と温泉、近年は観光にも力を入れていた。
「僕の国って凄いよね。小さくても、元気な国だよね」
アンリが嬉しそうに言った。目がキラキラしてる。
「ふふふ。そうなんですけどね。カリエは地勢的にソルヴェノナに依存する部分が多くて」
ソルヴェノナ北帝国は大陸の一番北にあって、カリエ王国やゾルタン王国より十倍以上広い面積を誇り、冬は日中の気温がプラスになる事はない寒い国なんだけど、乾燥気味なので積雪量は多くない。また、沿岸部に暖かい海流が流れ込んでいる為、酷寒でもどの港も基本不凍港。暖海流のせいで北の海沿いが国内でも一番暖かく、港町には商船関係の豪商の大きな家が並んでいた。豪商たちは街がすっぽり入るような大きな船を持ち、大陸中を東回り、西回り廻船として回って、貿易で莫大な利益を上げていた。
「カリエは立場的に、古い昔から、ソルヴェノナの従属国に近いかもしれません。ただ、今まではあまり旨味がなかったのでカリエに手出ししてこなかったのです」
ある年から、海流の流れが変化した。
港の半分が冬に使えなくなった。廻船が回れず、冬季は港に待機することが多くなった。そんな年は海が予想出来ないくらい荒れ、港の凍結のために、春までの手間賃稼ぎに、ソルヴェノナ北帝国に寄らずに大陸の南側を往復して荷物を運んでいた廻船が何隻か沈んだ。何でそんな事が続くんだろう? これは何かの呪いなんだろうか? 我が国に比べて、カリエ王国は景気が良さそうだ。おかしくないか? 我が国の河を船を使わせてやっているのに。
皇帝まで病気で代替わりした。後を継いだ若い皇帝は、事態を好転させたかった。早く皆に認められるいい方法はないだろうか?
◆◇ ◆◇ ◆◇
ソルヴェノナ北帝国の中枢に黒髪の文官が居た。アナマリーとは流派が違うが、東方流民だった。東方流民は特殊な能力によって、いろんな国の中枢で活躍していた。先が読めるとか、国勢の流れに詳しいとか。正しく使えば、とても有難い能力だ。ただ、やはり人間なので欲が出たりする。
その彼が少しずつ、皇帝や中枢の権力者に囁き始めた。
カリエ王国にこの不運を送りましょう。元々、我が国を利用して利益を上げていた国です。今までも一部の豪商達に利益が集中して、民衆に不満が溜まっていた所に、さらに貧困が押し寄せています。そういう不満も送りつけてやりましょう。
どうやって?
その頃にはもう誰も疑問に思わなくなっていた。どうやら、その文官に頼めば、不運をカリエ王国に押し付けられるらしい。
皇帝の内密な承認を得ると文官は仲間を連れて城の地下室に籠り、呪い をした。カリエ王国を呪う為に。皆、最初は訝しく思うのに、文官の仲間たちは人の良さそうな恭しい態度で笑いかけるのだ。そして、一度その瞳を見た者たちは何の違和感も持たなくなる。しばらくすると、カリエ王国の王宮内で異変が起こり出した。王妃が塞ぎ込み、全く外に出なくなった。
カリエ王宮にも東方流民は働いていた為、すぐに対策がとられた。また、北帝国にいる諜報員の話により、状況は伝わっていた。
ソルヴェノナ北帝国にいる玄武派の仕業に違いない。王妃様の不調の他、何やら市中にもおかしな動きがある。呪返し をするべきだ。
王妃とアンリ王子は件の文官と面識がある。一度繋がった縁は呪いを受けやすいから王太子アンリ王子を移すべきだ。
王妃とアンリは前年に外交官と共に来た文官と会っていた。カリエ王国が必死で集めた呪返しのできる東方流民たちの進言によって、アンリはゾルタン王国にアナマリーと共に送られる事になった。王妃は既に影響が出ているため、そのままカリエ国内で療養を受ける。
数だけではない、力のある者がどちらに付くかでも大きく違いが出る。そんな諍いがそこから始まった。度々、どちらかが有利になり、また逆になり。始まったからには、折れた方が負けとなる。何とも虚しい戦いとなった。馬鹿げている。
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