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第9話 朱雀派隠れ里

 声が出ない。病み上がりで力も出ない。  僕たちはある程度剣術も体術も会得していた。なのに情けなく、無抵抗でいるしかできない。 「おい、何をしている?」  遅れて中庭に出てきたアンリが僕を見つけた。 「シャルル王子にご同行願いたいんですよ」 「僕だ。僕がシャルルだ。そいつを離せ」  え? アンリ何言ってんの? やめてアンリ。連れていかれちゃうよ。 「僕がシャルルだ、その子を離せ」  暴漢が近づいてきたアンリに気を取られた隙に、僕は体を捻って、相手の手首を掴んで、背負い投げた。  よかった、動けた。襲ってきた男は、受け身も取れず、背中を打ちつけて息を詰まらせて伸びていた。  アナマリーがやってきて、男の腕を背中側に回して、手の甲を合わせて小指同士をキツく縛って連れて行った。  アナマリー、キツ過ぎない? 指の色変わってるよ。  そのまま中庭でアンリが泣いていた。シャルルが連れていかれちゃうって。さっきあんなに大人っぽかったのに。僕は雀の息くらいしか声が出なかったけど、アンリだって大事なんだから、あんなこと言うなよって言った。連れていくなら、二人ともにしてくれって言って、二人で泣き笑いした。 ◆◇ ◆◇ ◆◇     僕たちは急足で旧巡礼道を進んでいた。  アナマリーによると、王妃からの直接の刺客ではなく、お金になると踏んだチンピラの単独犯行だったと。ただ、すでにそう言う噂が国中の地下組織に広がっていると言うことではあるので、僕たちは本当に急がなきゃならない。  アナマリーの鳥達は、会話を拾って教えてくれるんだけど、単独犯、誰にも口外していない、直接大物と繋がっていない者を精査しておくことはほぼ出来ない。何が起こるか分からない恐怖は心の中にずっとある。  そのまま宿を出た僕たちは森の中の道なき道を黙って進んだ。誰も口を開かなかった。  鬱蒼とした森の中、あまり日が当たらないので下草も邪魔になるほどではない。高い木々の上の方には鳥の巣もあるようで、鳥達が飛び交っている。頭のずっと上を紅葉樹の葉が陽の光を分け合って、組み合って伸びていた。何かの加減で、日の光が地面に当たることもあった。キラキラとした光。風が起こす葉ずれの音がサラサラと聞こえていた。  ロバのバアルがなんだか嬉しそうに跳ねながら歩き出したので、僕たちもとうとう笑い出しちゃった。昼過ぎには、僕の声も少しマシになってきた。出発前にアナマリーがくれた蜂蜜の入った薬湯が効いてきたのかも。声が出ないって、話せないってほんとに辛い。痛くなくとも、僕の気持ちを伝える術が目線しかないなんてね。思っていることなんてアンリには筒抜けなんだけど、アンリを励ましたり、元気付けたりしたくて堪らなかった。ずっと、アンリと手を繋いで歩いていた。僕もアンリもお互いを励ますようにキツく手を握っていた。  休むことなく歩き続けて、そろそろ今晩の宿の心配をし始めた頃、不意に森が切れた明るい場所に出た。森の縁の、今来た道らしきものに続く場所の左右に、朽ちたおかしな石像と不思議なアーチがあった。アーチをくぐると、賑やかな集落が不意に現れた。 ◆◇ ◆◇ ◆◇  アナマリーと僕たちは急に聞こえ始めた賑やかな音に驚いていた。  それはまるで突然現れたかのように、人々の話し声や、笑い声、呼び込みの声、何かの音楽が僕たちの周りに湧き起こった。  森の中の小さな村。小さな石と木で出来た可愛い家が広場の周りを囲んでいる。数軒ずつの家の間に小道があって、そこを入ると広場を囲む二列目の家々に続いている。小道毎に井戸があって、近くの家の生活用水を賄っているようだ。一際大きな建物は教会だろうか?入り口のアーチは広場にあってアーチから教会まで、短い冬の日のせいでもう既に薄暗くなった中に、幾つもの灯りが続いていた。広場のアーチの両脇に屋台が並んでいる。噴水を挟んで、アーチの反対側は少し広い空間になっていて、二段ほどの階段のついた木でできたステージが灯りに囲まれていた。ステージには何人か楽器を持った人たちがいて、聴いた事のない音楽を奏でていた。  僕たちが広場に近づくと、一瞬、周りが止まったような気がした。ほんとに一瞬で、すぐそのまま人々も音楽も続いていた。暫く周りを見回していたら、アナマリーが泣き出した。ずっと一緒にいた僕たちも、そんなことは初めてでただオロオロするばかり。 「ここにあったなんて……」  アナマリーが何かつぶやく。 「アナマリー、大丈夫? 」 「どこか痛いの? 」 「よう来られた。旅の人。お三人かい? 」  振り向くと、動物のお面(狐なんだそうだ)を後ろ頭に付けた若い男性が立っていた。 「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」数に入れてもらえなかったバアルが鳴いた。 「あぁ、ごめんね。三人と一頭だね」  バアルの鳴き声大きいから、子供達が集まってきちゃった。 「ロバさん、可愛い」「ロバさん、お食べ〜」柔らかい詰草の葉っぱをもらって、バアルの機嫌は一瞬で回復。    

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