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第12話 彼の名前は
行かなくては。
アナマリーが言った。
「出発しましょう。バアルを連れて来てくれる?」
アンリと二人で馬小屋に迎えに行った。バアルは馬達に挨拶をした。やっぱり偉そうだった。
連れて来てから、用意されていた荷物をバアルに背負わせた。僕たちも、少しは進化してる。
「あれ? アナマリーは?」
しばらくまわりを探して見つけたアナマリーは青年と抱き合っていた。びっくりしたアンリと僕は何歩か下がって、物陰から覗いた。
青年はアナマリーより頭一つ分背が高かった。大切に包み込むようにアナマリーを抱きしめて、アナマリーの耳元に顔を寄せて何か囁いていた。アナマリーはただ彼の背中に両手を回して、埋もれるようにして頷いていた。そして二人は優しいキスをした。長いキスを。
廊下の角から中腰で覗いていたアンリの足の筋肉が限界だったらしく、ぺたりと座り込んでしまった。その音で、振り向いたアナマリーが少し笑って、
「行かなくてはね」
と言ってから、一度も後ろを見ずに出発した。僕たちを見送って、青年が
「毎日朝晩、君たちの無事を祈念してるよ。いつでも戻ってきて。歓迎する」
と言った。アンリと僕は振り向いて会釈したけど、アナマリーはそれでも前を向いていた。
その日は、夕方、木こり小屋に着くまで誰も何も言わなかった。
アナマリーの頭には里で教えて貰った山越えルートと宿営地とかがみんな入ってるらしかった。アナマリーがいなかったら、僕もアンリもここまで来られなかったし、これからも無事に山は越えられない。アナマリーに頼るばっかりだなぁと改めて思う。今となったらもう『仕事』では無くなったんだけど、アナマリーはこのままでいいのかな?
木こり小屋の暖炉の火をつけて、荷物を解いて、寝床を用意した。アナマリーは夕食を作っていた。バアルは部屋の隅で敷き藁に座って、うとうとしていた。火の中の薪がパチンとはぜた。
◇◆ ◇◆ ◇◆
エタンさんっておっしゃるんです。
ご飯を食べて、片付けて、寝床に入ってからアナマリーが言った。
東方流民朱雀派は主に薬師の能力が優れています。細かい派閥ごとに、または人それぞれにそのほかの色んな能力も持っているんですが。
エタンは私の村に、昔、父親と一緒に行商の薬売りとして来ていました。まだ私が五、六歳の時の話で、私の村には東方流民の家は数えるほどしかなくて。東方流民は血脈を大事にしますから、大きくなったら結婚させようと父親同士が決めたんです。私の父もエタンの家の事を詳しく知っているわけでは無かったのですが、まだずっと先の話ですから、年に一度は村に来ますし追々細かい事は決めよう、くらいの気持ちだったと思います。
それが、何年か経って行商の薬売りが違う人に変わって。それっきり、会えなくなっていたんです。今回聞いたところによると、ちょうどあの隠れ里が出来上がって、エタンの父親が村長 になった時だったそうです。数年後、エタンが私の家に来た時は、今度は私がゾルタン王国へ行くことが決まってしまっていて。家を出る時には、おそらくもう帰っては来られないだろうからって、母が花嫁のように送り出してくれたんです。エタンは私に姿を見せず、物影から見送ってくれたんだそうです。
それからエタンが里に帰るとすぐ、父親が亡くなって。エタンが跡を継ぐことになりました。隠れ里は、神社と宮司である村長 の力で守られています。そうなるとエタンは里から出られなくなりました。
私は隠れ里の話は聞いたことがあったんですが、どこにあるか知らなかったし、そこにエタンがいることも知らなかった。もう全部諦めていたのに、顔を見たら離れがたくって、お祭りの間二人をほったらかしてごめんなさい。もう大丈夫。
「ごめんね。アナマリーが僕たちを連れてるせいで、彼と一緒にいられなくて」
「ごめんね。アナマリーに頼るばっかりで。アナマリーがいないと、どうしていいかわからないんだ」
アンリと僕は子供で、役立たずで、アナマリーの邪魔になるだけだ。
「エタンと私は約束をしました。今度は自分たちの意思で」
アナマリーは半分体を起こして、アンリと僕に言った。
まずは精一杯の手を尽くす事。それで通らないなら、逃げて、時期を待つ事。もしも緊急にどうにもならない事になったら、『魂を鳥に乗せる』事。そうしたらまたいつか巡り会えるんです。必ず。
前の二つは分かったんだけど、最後の一つがわからなくて聞いた。そして、それは東方流民朱雀派の最後の手段なんだそう。僕たちも、神社で祈念したので使えるそうだ。手順を間違わなければ。
「あなた方は比翼連理の鳥。別々ではずっともう片方を探すでしょう。もしもの時のために、今約束をしておきますか?」
僕とアンリは寄り添って、アナマリーに教えられながら僕の右手とアンリの左手を組み合わせて祈念した。単語毎に組方の違う型が複雑なんだけど、不思議と二人とも一度で覚えられた。
『神籬 の紙垂 ゆらし 誓ひ宣る 魂 の限りに』
毎晩繰り返した。
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