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第13話 山越え

山はまだ冬だった。  三日目からは本格的な山越えとなった。狩猟小屋も木こり小屋もなく、いよいよ野宿になった。まだ雪がない所は楽だった。そのうち、広葉樹もなく尖った葉の木だけになったと思ったら、今はもう、岩と雪だけだった。  足に毛皮を巻いて、水を通さない樹液を塗った紙で巻いてからブーツを履いて、足が濡れるのを防いだ。場所によってはトゲトゲの金具を靴の裏に縛り付ける。雪で滑らないように。僕たちもバアルも毛皮を着た。毛皮のバアルはなんか違う生き物みたいになった。  山越え自体に三晩かかった。重いので水は最低限しか持たず、食料は保存食。風の当たらない場所を選んでみんなでくっついて寝た。バアルあったかい。二晩は寝る前にお湯を沸かして飲んだ。石を温めて布を巻いて暖も取れた。  昼間、岩肌に黒と赤の蝶々がいると思ったら、羽を広げてバランスをとるウォールクリーパーって鳥だった。雪雀が真っ白な冬毛で近くまで飛んで来て可愛く歌うのも聞いた。冬毛の白い貂、カモシカが岩山を軽々と登るのは羨ましかった。    夜、風が止んで雲が切れた時、月明かりが差してなんだか僕たちしか世界にいないみたいだった。空気は澄んで、星は冴え冴えとして、全く何の音も無かった。ピンと張った糸の様な凍った水面の様な、完全な静寂。不思議な事にずっと下の麓の村の灯りが見える。こんなに遠いのに、まるですぐそこにある様だ。神様の国とか、死んだ人の国とかこんな感じだろうか?月に照らされる真っ白な雪原も、星座がわからないほど沢山の星が瞬く空も、綺麗すぎて怖い。  最後の晩は雪混じりの風が吹いた。窪地にみんなで集まって、荷物で支えを作って毛布をかけて凌いだ。眠れはしなかったけど、夜明けに風が止んだので出発した。そこからは基本下りでカリエ王国に入ってからは日が差して来た。 「なんとか山を越えられて良かった」  アナマリーが言った。  雪がなくなったところで、休んで靴の中の毛皮は出した。ブーツは濡れているので、樹液の防水紙はそのまま。全員毛皮を脱いだ。濡れて膨張したブーツの中で足が滑るので、外側から紐で縛った。 「この先の隧道を抜けてしばらく行くと、私の村に出ます。何日か、休んでいきましょう。情報を取れたらその時にまた考えましょう」 「あ」  アンリが大きい石に乗り上げて、ブーツを縛った紐が切れて足を捻った。 「大丈夫? アンリ」  靴を脱がせて確認したら、軽い捻挫のようだった。ブーツの上から、足の甲と足首をクロスに縛ると痛みもなく歩ける。また捻挫しないようにゆっくり歩いた。  隧道を抜けてしばらく行くと、急に景色がひらけた。   ◆◇◆◇◆◇ 夕方近く。太陽は傾きかかっていた。  森も切れて、日の当った広い斜面に一面に細かい白い花が咲いていた。近付くと背の低いブルーやピンクや黄色の花も根元に咲いてるんだけど、遠目には白い花畑に見える。ここまで降りて来ると、春らしかった。尖った高い山に囲まれた谷間の斜面。雪解け水の流れる小川がずっと麓の村へ続いている。清流は右に左に曲がり、途中の岩や飛び出した丘に阻まれて、直接下の村の川に繋がっている所は見えない。  見下ろすずっと下には色とりどりの家々が三角のとんがり帽子の屋根を被って並んでいた。そこへ降りる前の少しなだらかな斜面には、何軒かずつ家が建っていた。アナマリーはすぐそばの一番高いところに一軒だけある家に近づいた。麓の家とは違う、丸太を組んだ様な家だった。外のベンチに僕たちを座らせて、隠してあった鍵でドアを開けて入っていった。 「誰もいない」  しばらくして出てきたアナマリーが言った。 「まあ、いいわ。中にどうぞ」  家に入ると、中は綺麗に片付いていた。 「冬の間、下の村の知り合いの家に厄介になることもあったから、そっちにいるのかも知れない。なんにせよ、明日様子を聞きに行ってくるわ」  アナマリーは少し、不安そうだったけど、それでも五年ぶりの家が嬉しそうだった。 「鳥が何にも言わないしね」  誰も、アナマリーの家の噂をしていないらしかった。 「ご飯を食べて、お風呂に入って、今日はもう寝ましょう」  何か手伝うよ、って言ったけど大丈夫だからって言われて、僕とアンリはまた外のベンチへ。  夕焼けが空と山々を赤く染めていた。周りの山々と白いはずの花畑も茜色に染まっていた。一瞬も止まることなく、藍色を帯びていき、空も山も花畑もどんどん紺色の夜に変わっていった。月が出て、星も瞬き出した。白い冬毛のリスが木の枝を走り、林の方から、目と耳の先だけ黒い真白なウサギが思ったより長い足を、一度う〜んと伸ばしてからぴょんぴょん白い花の中に飛び込んで行った。  アナマリーに呼ばれて中に入り、僕たちもここの家の子の様にご飯を食べて、お風呂に入って、暖かくして眠った。

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