14 / 47
第14話 村の様子と旗の色
翌日になって。
朝から、山越えの荷物を洗濯したり、陰干ししたりした。私が帰って来るのがもしも遅くなる様なら、夕方前には取り込んでねって言ってアナマリーは出かけていった。
アンリはまだ少し足が腫れていたし、僕もアンリも出来るだけ人目に付く危険は回避したい。
バアルは家の裏の柔らかい下草に夢中だった。山越えでは干し草しか無かったから。
僕たちは外のベンチでずっと景色を見ていた。ポカポカの日差しに暖められて幸せだった。麓の村からも山の方からも、やって来る人はいなかった。人影が見えたら家の中に入ろうと言ってたんだけど。
ここまで、出発してから一月半。僕たちも日に焼けたり、荷物を持って歩いたりで少し引き締まった気がする。お城の中にいてはわからない事をたくさん経験した。辛いこともあった気はするけど、その十倍、楽しかった。
午後、バアルにくっ付いた枯れた草の実を二人で取って、干した荷物を取り込んだところでアナマリーが帰ってきた。
「両親と弟は半年前に亡くなったそうです。東の島から東方流民を追いかけてきた病に捕まって……」
アナマリーはもう泣いていなかったけれど、目元は赤かった。この村にいた東方流民は三家族。全員が一度に病に倒れたそうだ。東方流民以外は罹らないので、村人達が看病してくれたけれど、誰も助からず。村の墓地に埋葬された。アナマリーはお墓に行って来たそうだ。真新しいお墓が三つ並んでいたそうだ。
「家を出た時に、帰って来られないつもりだったので、もうお別れはしたんですけどね。それでも、死んでしまうとは思わなくて」
カリエ王宮にいる東方流民の術者も数ヶ月前に亡くなっている。見えない病の恐怖。
「村にはもう東方流民の仲間はいないんですが、村長の二番目の息子が王都にいるので、様子を教えてくれるそうです」
この晩僕たちはアナマリーの家族の話を聞いた。アナマリーはほとんど勅命でアンリの侍女に召し出されたそうだ。いつ帰れるのか、一生、家には戻れないのかわからず。相当な支度金が出たので、弟の為になると思っていたんだそうだ。
◇◆ ◇◆ ◇◆
翌日もアナマリーは村へ行った。
村長はアナマリーの親と同じ歳で、息子二人もよく知っている。アナマリーがカリエ王宮に有無を言わさず召し上げられて、親の死に目にも会えなかったのを不憫に思っているし、息子二人もそれぞれアナマリーに恩があるので大変好意的なんだそう。都の様子、とりわけ摂政の王弟殿下の動きを探って教えてくれる事になった。この地区の鳥達は半年以上の間、東方流民朱雀派の使役を受けていないので慣れるまで少しかかりそうなんだとか。それでも、怪しい動きの人間がいたら、気がつけば教えてくれる。
「あそこに一際高い塔のある建物があるでしょう。教会と集会場を兼ねているんだけど、屋根に白い旗が上がっているのは安全。黄色は用意して逃げろ。赤はとにかく逃げろ、だからね」
庭のベンチから麓の村を指さして、アナマリーが言った。危険なことが迫って来たら、村長が合図してくれることになった。鳥たちも少しずつ働く様になって来たので、いろんな情報が入る様になって来た。アナマリーはずっと難しい顔をしている。
村長の下の息子が帰って来たので、アナマリーが話を聞きに行ってきた。
「宰相はソルヴェノナ北帝国に随分たくさんの貢物をして、戦争にせずにこの争いを治めたそうよ」
肩から下げた荷物をテーブルに投げて、アナマリーが言った。
「荷物の運搬の費用、穀物、関税、炭鉱からの石炭や鉱物資源、しばらくは今までの十倍も払うそうよ。宰相が差し出したのは、全部自分のものでは無いものばかり。これから国民が負担するものばかりよ。やっていけるのかしら? それでも、直接戦争になるよりもマシだけど。ゆっくり侵略されて、カリエ王国はソルヴェノナ北帝国の領地になってしまうかもね」
お茶を飲んで、一つ大きなため息をついてから、続けた。
「王弟である宰相は、アンリ様を探しているようよ。和平を勝ち取った自分の手腕を自慢して、王になった様な態度らしいわ」
別に他に誰もいないけど、僕たちは頭を突き合わせて小さな声で話し合った。
「今、王宮に行っても下手をしたら幽閉されるとか。まぁ、殺されるまではいかないかもしれないけど」
「一週間ほどここで休んで、隠れ里に戻りましょう。その間に少しは山も春が近くなって越えやすくなるでしょうから。それでいい? 」
何の力も後ろ盾もない僕たちは、ただ闇雲に権利を主張しても通らないだろう。うるさいからって、始末されてしまうかもしれない。安全な隠れ里で様子を見るのもいい。もしも、王弟殿下に何かあったときには帰れる様になるかもしれないし。あの里で暮らせるなら、それはそれで幸せだと思う。
そんなことを話したのに、それすらも夢になってしまうことに……。
ともだちにシェアしよう!

