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第15話 魂を鳥に乗せて

アナマリーは伝染病に罹ってしまった。  二日目の夕方、突然息苦しくなったそうだ。全身の倦怠感。節々の痛み。夜半には発熱した。  アナマリーの家には色んな生薬があったけど、効いたなと思っても違う症状が酷くなったりで捗々しい回復は見込めなかった。喉や息が辛くない時にアナマリーは少し話した。 「巫女舞の時にいろんな道が見えたの。でも、光あふれる道は見えなかった」 「もう分かっていたから。次に進まないとね。今ある道は全部行き止まり」 「この病には朱雀の民が全力で向かい合ったの。でも、勝てなかった。気が付かずに隠れ里に持ち込む様なことにならなくてよかった」  エタンさんの事を思って、少し柔らかい顔をした。 「暖炉の上の小さい物入れをひっくり返してみて」  言われた細工の小物入れは手に取ると見た目よりどっしりしていた。裏返しにすると、小さな扉がついていた。中には薬瓶が入っていた。 「よく聞いて」 「私が死んだら、二人で外のベンチに運んで。神様を呼び出して、鳥に魂を運んでもらう様に祈って」 「外じゃないと鳥が魂を乗せられないの」 「生まれ変わったら、次は我儘も言うわ。あなたたちに意地悪もしちゃうかもね」  いいよ〜。アナマリーなら何をいってもいいよ。僕とアンリは泣きながら答えた。 「この薬はね」 「今を終わらせる薬。あなた達は神様に誓ったでしょ。二人の魂は一緒なんだから、これは次の始まりの為の薬」 「半分ずつよ。痛くも苦しくもないはず。外で、神様を呼んでから、鳥に僕たちの魂を乗せてくださいって言うのよ」  アナマリーは両手で僕たちそれぞれの手を握って言った。とても熱い手だった。 「次に生まれてくる時には、全部の問題が片付いていて、また巡り合って、幸せになれます様に」  それから一度三人とも眠ってしまって、夕方目が覚めるとアナマリーは外のベンチに行くわって言った。やっぱり自分で歩いていく。手伝ってと言うので、ベンチの上に毛布やクッションを敷いた。肩を貸してゆっくりと歩いてベンチに横になると、 「あぁ、ここに来れて良かった。先に行くわね。また、会いましょう」  というと、大きく息を吐いてそれきりもう吸わなかった。  アナマリー、ありがとう。ごめんね。  アナマリーの体がベンチから落ちない様に整えてから、神様に祈った。   『『神籬(ひもろぎ)紙垂(しで)ゆらし 誓ひ宣る(ちかいのる)(たま)の限りに』』  どうか鳥にアナマリーの魂を乗せて、次の命に繋いでください。  バアルが少し離れて、夕焼けが迫る山を見て、ブルッと鳴いた。山から一羽の岩雲雀が小さく鳴きながら飛んできて、アナマリーの上でターンした。  そのまま、高く飛び上がって、山の峰に消えた。少し藍色になった空に一番星が光り、白く細い三日月が冷たく笑っていた。      ◆◇◆◇◆◇ アナマリーの亡骸は毛布に包んで花束を乗せた。  夜はアンリと僕とバアルで身を寄せ合って眠ることにした。ため息一つ、呼吸一つがとても大切な物だった。これからの旅には何も持ってはいけないので、思い出だけを持っていける様に、ずっといろんな話をした。  一番嬉しかった事も、一番面白かった事も、一番綺麗な物も僕にとってはアンリだった。アンリには僕だ。  一番悲しかった事や、一番辛かった事の話はしなかった。そんな事どうでも良いんだ。  夜が白く明け始めたので、バアルに山越えの支度をした。エタンさんに手紙を書いた。アナマリーは鳥に乗りましたって。あと、バアルをよろしくお願いしますって。  バアルには、手紙を届けてくれっていった。君なら、来る時より荷物も少ないし、一人だから多分、一日で隠れ里へ着けるんじゃないかな。気をつけて行ってよ。無理せずに。  バアルは自信満々に頷いていたけど、何度も振り返って見えなくなっていった。  バアルを送り出した後、身支度をした。  今日も昨日と同じ、温かい日差しが差していた。花畑の真ん中まで行って、ぐるりと周りを見回した。  雪を被った遠い山々。麓のとんがり屋根の家々。花畑の中の雪解け水の流れる清流沿いには柔軟そうな木が生えている。家の裏の森の中から聞こえる鳥の声。優しい風が吹いてる。白い花が風に揺れる。白い花畑の中に隠れた色とりどりのかわいい花の香り。日が登って空気が温められたので、ミツバチも飛んでいる。  少しだけ、ほんの少しだけ、怖い気がしていた。  その時に、麓の教会の塔に赤い旗が掲げられるのが見えた。  二人が離れ離れになる方が怖い。  僕たちは、目を見合わせて、少し笑って、小瓶の液体を飲んだ。  ただの少し苦い薬の様な味だった。   そして、並んで、僕の右手とアンリの左手を組み合わせて祈念した。  『神籬(ひもろぎ)紙垂(しで)ゆらし 誓ひ宣る(ちかいのる)(たま)の限りに』  言い終えると、アンリがゆっくり倒れ込んだ。 ◆◇◆◇◆◇ どうか鳥に僕たちの魂を乗せてくれます様に。  まるで目に見えない何かに押された様に、アンリがゆっくりと仰向けに倒れた。僕はアンリの横に座ってアンリの顔を覗き込んだ。山間から昇ったばかりの朝日は足元から僕たちを照らしている。日の光は、アンリのうっすら開いた瞳の中で青に水色に、ほんの少し黄緑に反射していた。 「シャルルが僕を見つけてよ」 「うん。約束だ」  もっと幸せな国で、もっと幸せにずっと一緒に暮らそう。約束だ。  アンリの左目から涙が一筋流れた。僕の手で拭おうとしたけど、手は届かずに僕も倒れ込んだ。 そのまま、アンリの手を握った。絶対離さないんだ。  家の裏の森から、二羽の隼が飛んできた。ピンと翼を広げて僕たちの上ギリギリまで滑空してきた。花畑の上を高く飛び、清流沿いを麓へ飛んだ。僕たちは隼の背に乗ってる様だった。体はないけれど、景色や風や音は直接感じられる。  村まで降りると、何人かの役人達が罪人を乗せるような護送用の馬車を停めて、山に登ってくるところだった。  透明な僕たちは、顔を見合わせて笑った。  隼は旋回して、清流の沢水が流れ込む谷川のキラキラ光る水面ギリギリを飛んでいった。そのままずっと川を下って、大きな湖に出たあたりで意識を失った。

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