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第16話 逢いたい逢いたい逢いたい

 数年経ち、数十年経ち、数百年が経った頃、大陸中央の国に皇子が生まれた。  平和な大陸はほぼ五つの国に分かれていた。東西南北の端の国は何百年もずっと変わらない様子だったが、大陸の真ん中の沢山の国は皆一つになっていた。ルブラ連合帝国といった。ゾルタン王国もカリエ王国もその他の十余りの国が、今や一つになっていた。大陸全体が、足りないものを補い合い、助け合って、この百年余り豊かな平和が続いていた。  東方流民を悩ませた伝染病は混血することで呆気なく治った。流民達は今や純血種と呼ばれる者は珍しくなった。大陸の至る所で土地に馴染み、自分が元々東方流民の血筋と知らない者すら存在した。その能力は一般に薄く広く伝わっていた。稀に、特殊能力として濃く持っている者も、環境が整わないせいで本人も気づかないことすらあった。それもまた、平和と言えた。  ルブラ連合帝国に皇太子が生まれた。  皇帝と皇后は成婚して八年、子供に恵まれなかったが、九年目に生まれた待望の子供は男の子だった。黒髪の皇太子。瞳は藍色に近い紫。アルノーと名付けられた。十月(とつき)に満たなく生まれてきたが、まるまる福々とした赤ん坊だった。全てが満たされているはずなのに、なぜか生まれてからずっと起きている間は泣き通しだった。空腹を感じるまでもなく乳を与えられ、むつきは汚れる間も無く取り替えられていた。睡眠に至っては、むしろ傾眠傾向。泣き疲れるのかもしれない。どこか悪いのかと何人もの医者に見せたが、体は健康そのもの。少しだけ話せる様になる一歳過ぎまではずっとその調子だった。  ある日皇后が優しい風の入る窓辺で、アルノーを胸に抱きながら穏やかな声で語りかけた。 「アルノー、夢の国に誰か会いたい人でもいるの? あなたは泣くか眠ってばかりね」 「うん」  小さな皇子が偶然のように答えた。周りは皇子のむずかり声が偶々そう聞こえたのかと思って笑った。 「そう。誰がいるの? 夢の国に」 「アンリ」  はっきりとした声に、その場にいた全員が顔を見合わせた。    ◇◆ ◇◆ ◇◆ 侍女長が慌てて『読み人』を連れて来た。  アルノーはまだ一才になったばかり。話せると言っても勿論満足ではない。侍女長はヒトの過去や未来を見ることができる、『読み人』をツテを辿って手配した。  『読む』能力と言うのは、能力のない者には判断できず、能力はあってもその者の経験や考え方、立場や利害関係までもが影響してしまう。なので本来はゆっくりと吟味して依頼先を決めるべきであった。  だが、今回は皆赤子が話した事にびっくりし、またその話の先を知りたいが為に急いでしまったのだ。  呼ばれた『読み人』は盲いた老婆だった。昨日まで路地裏で通行人に声をかけて小銭を貰って『読んで』いた者を取り急ぎ、手を引いて連れて来たと言う塩梅だった。昔であれば、東方流民に予知・先読み・過去読みの出来る者がいて、国のお抱えになったりしていた。それも、ルブラ連合帝国ができた頃にはすっかり消えていた。変に誰かの思惑で国が操られることも無くなったのだけれども。 「この子は誰かに操られておりますじゃ」  老婆はシワシワの日焼けした手をアルノーの白いぷくぷくの手に重ねてしばらくしてから言った。 「過去からずっと、誰かに操られておったようじゃ」 「この繋がりを切るには、封印の術を施さなければならんですじゃ」 「それまでは、泣いても喚いても放っておかれますようにの」  一言一言を、アルノーの手を汚い手で撫で回すようにしてから言うので、周りは全員居た堪れず目を逸らした。 「わしは封印の術は使えんで、縁者を辿って探してみるわの。ちっとしたらまた、お屋敷から誰か使わしてくれればいいですじゃ」  盲いていることをいい事に、皇宮だとは言っていないので老婆はただの金持ちの大きな屋敷だと思っていた。  老婆には、彼女が一年暮らせるほどの金貨が支払われた。  さて、どうしたものか?皇帝を継ぐかもしれない皇子が誰かに操られているのでは大変な事になる。それにしても、信じていいのだろうか?あんな汚い老婆を。もっと他にちゃんとした『読み人』を連れてこい。となって、今度は慎重に人選される事になった。 「アンリー!いない!アンリー……」  アルノーは相変わらず、アンリを呼んで、泣きながら目覚めるのだった。    

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