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第20話 皇女マリローズ
日の光を集めて咲く大輪の薔薇のようなマリローズ。
「お兄様。お久しゅうございます」
数年ぶりに兄の元に顔を見せたマリローズは、すっかり大きくなっていた。
全然帝都に来ようともしない父皇帝の為に、皇権譲位、皇位継承の手続き関連で連合帝国の西端の母の生家へ全ての政務をほっぽり投げて、当時二度ほどバリュティス領に向かった。片道、早くて二週間。天候等に左右されれば、往復で一月半はかかった。早いな、もう七・八年前だ。
その時ですら、数年ぶりのマリローズはびっくりするほど大きくなっていた。ずいぶんお話も上手になったなと思ったものだ。
今、目の前のもうすぐ十六になるマリローズは眩しいほどに美しい。赤ちゃんの時のほわほわの細い金髪は、彼女の背を艶やかな蜂蜜色の波のように覆い、グリーングレーの瞳は、深みを増して惹きつけられる。仕草も立ち振る舞いも、落ち着いた淑女そのもの。そして、若さが弾けている。
子供の成長って早いな。と、二十三歳の若い皇帝は思わず呟いた。なんか自分が急に歳をとった気がする。
「お兄様、私、しばらくこちらにいようと思います。ずっとあそこにいると、自分が年寄りになったような気がして」
ピカピカキラキラの妹の言葉に、アルノーはふふっと少し笑った。
「いくらでも。お前の家でもあるんだから。両親はあちらに居るけれどね」
実は、マリローズのあと、里でマリエルとマリベルが生まれていた。アルノーはまだ会っていないけれど。名前からして、父上は継母上 が大好きじゃないか。全員に継母上 マリアンヌの名前を伝えてる。嫁いで来た時、継母上 はまだ十八歳とかだった。……って、え? マリローズ、もうすぐ十六歳なの?
「せっかく皇都にいるんだ、マリローズ、十六歳の祝いのパーティをしよう」
一月後に皇女のお披露目となるパーティの準備で皇宮は久しぶりに華やいだ。
◇◆◇◆ ◇◆
まずはマリローズの為にデビュタント・ボールは開かれた。
前皇帝や継母上 も呼び寄せたが、ことわりの返事が来た。娘の晴れ姿、見ないとは。任せた、と言われた。
アルノーが即位する前から、帝国主催のデビュタントは開いていなかった。前皇后が皇帝を連れて田舎に引き篭もってしまって、十年は皇家の社交らしきものは放置されていた。各領地や皇都の貴族のタウンハウスでの交流といった小規模な物は開催されていたようだった。
デビュタント・ボール、この機会に今後も続けましょうとか、宰相の爺(前皇帝の時から宰相)が浮かれていた。アルノーに出会いをと思っていたようだが、今回はマリローズのデビューだから。出会いとかアルノーは全く興味はなかった。
あぁ、でもマリエルとマリベルの時まではやってもいいな。きっと可愛いんだろうな。こんな風に気持ちが温かくなるんだな、家族って。前世から家族の縁が薄いアルノーだったが、妹たちの為に働くのも良いなと思えた。
デビュタントパーティー自体は爺の記憶と想像力でなかなか良い雰囲気の企画となった。次回から専門の部署を立ち上げて、爺の管理で続ける事にしよう。
帝国中の貴族や権力者の十六から十八歳の娘達に招待状を出した。急な開催となったが、大変な数の参加者が集まった。
当日、マリローズはバリュティス領からキャバリエ(エスコート役)を呼んでいたが到着が間に合わなかった。昼過ぎにはキャバリエ不在が分かったので、アルノーが代役を務めることになった。玉座 でデビュタントの挨拶を受けるはずが、参加するなんて。玉座を空にする事はできないので、その間は爺に座ってもらうことにした。良いんだ、誰が座っても。
「感無量でございます」
と言って、入場列の先頭のアルノーとマリローズの挨拶を受けた爺は目を潤ませた。マリローズの健やかな美しさと、アルノーの幼少期からの親に関しての苦労も、アルノー自身の苦しみも知っているので、込み上げる物があるらしい。
純白の細身のドレスに皇家の白地に金のサッシュのマリローズも、燕尾服のキャバリエ姿に揃いのサッシュのアルノーも輝いていた。二人の衣装の白地のサテンは東方の絹地に細かい刺繍が施されていた。真っ白な薄い生地に細い糸で入った刺繍は重さは感じさせず、サテンの光沢も邪魔してはいなかった。サッシュとアルノーの燕尾服のベストの方は密な刺繍で少しどっしりとしていた。元々、マリローズの衣装の生地の出来が良かったので、共布でアルノーのブラウスも作られたのだが、揃いで着ることが出来て一層素晴らしかった。
マリローズはハニーブロンドの髪を結い上げて、金のティアラには大きなエメラルド。白いサテンのグローブにティアラと揃いのネックレス、イヤリング。純白のドレス自体のデザインはシンプルで、その分、生地の良さが際立っていた。
アルノーは全く自分の身の回りに頓着しないので、実はもうずっと髪を伸ばしっぱなしだった。まっすぐな黒い艶やかな髪はそのままだと腰まである。今回は、ダンスの為ゆるく編まれて、片側に流していた。父譲りの長身で、無駄な肉のない、スラリとした姿だった。
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