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第21話 マリローズとルネ・ブランシュ

翌日はお披露目会が催された。  今日のマリローズは瞳の色のグリーングレーの広がったドレスだった。ハニーブロンドの髪はハーフアップにして、下げた長い髪には小さな白い花や真珠がたくさん飾られていた。アップにした上の方は複雑に編まれていて、百合やアナベルや薔薇の白い花が飾られていた。ドレスも、肩は出さず、肩口のフレンチスリーブまではたっぷりのレースが華やかだった。ドレスに合わせた今日のショートの手袋も、初々しくてとても似合っていた。  会場ホールには、マリローズとエスコートの男性、アルノーの順に入場予定だった。アルノーがホール階段上に着くと、マリローズと男性が立っていた。マリローズは入口を背に、男性はアルノーに背を向けて立っていた。背の高いアルノーよりさらに長身。プラチナブロンドでおそらくは騎士。肩や腕の筋肉のせいで、フロックコートのように思える逆三角形のラインの燕尾服を着ていた。声をかけるために少し横に回り込むと、彼はとても優しく微笑んでマリローズの髪に細かな白い花の小さな束を挿していた。その花はあの高原の思い出の花畑に咲いていた花だった。 「マリローズ」 「お兄様」 「マリローズ、今日もとても綺麗だね」 「陛下」  エスコートの男性は、一歩下がって頭を下げた。 「マリローズ、彼を紹介してくれるかい?」  アルノーはルブラ連合帝国で女性の髪に触れるのは、ステディな仲の男性だけだと思っていたので少し動揺していた。十六歳のマリローズにもう彼がいるなんて。 「ルネ・ブランシュ卿です。幼馴染なの」  ルネはゆっくりと顔を上げて、挨拶をした。 「お会いできて光栄です、陛下。ルネ・ブランシュです。」  よく響く声のルネと目が合った、薄いブルー……アルノーは衝撃を受けて、数歩下がった。    アンリなのか!   「昨日はデビュタントに間に合わず、申し訳ありませんでした。どうしても、この花を探さなければならなくて」  少し恥ずかしそうにルネは言った。 「いいの。お兄様と初めて踊ったの。嬉しかったわ。それに、絶対この花を探してくるように言ったの私だもの」  マリローズの笑い声が、鈴を転がしたように響く。そのマリローズを見つめるルネの目が、視線が、微笑む口元が……。  アルノーは今自分を叩きのめしているのは、アンリであるルネが自分に気付かないことなのか、おそらくルネの気持ちがマリローズにあるということなのか、と混乱していた。何か言おうとした瞬間に、入口ドアが開いて、マリローズたちが紹介された。  ルネはホールに入る瞬間に振り向いて、 「陛下もどうぞ」  と、アルノーの左胸のボタンホールに思い出の花のブートニアを挿していった。 「アンリ……」  小さくつぶやいて、アルノーは動けなくなった。   ◆◇ ◆◇ ◆◇  アルノーにその後の宴の記憶はない。頭の中は混乱して、考えすぎて、何も考えられなくなっていた。  いつもアンリの事を考えている頭のほんの一部で仕事も生活もこなしているので、見えない部分で大混乱であろうと、誰も気付かなかった。  沢山の人と挨拶を交わし、色んな話を聞き、交渉をし、褒めたり褒められたりした。全く問題ない。  マリローズも素晴らしい笑顔で沢山の人と会話をし、ルネと踊り、ルネと見つめ合っていた。全く問題ない。問題ない、全く。  アンリの事以外は!  一息ついたマリローズがアルノーに話した事によれば、ルネはアルノーと同い年。五歳で母とバリュティス領に行ってすぐ、領主館で騎士見習いとして来ていたルネと仲良くなって、話をしたり、遊んだりしていたそうだ。数年後、ルネはその性格と能力を見込まれ、隣のグルーディアス領との合同作戦に参加していた。国を跨いで活動している遊牧民達の生活圏が隣のリュスタール西帝国とルブラ連合帝国のバリュティス領とグルーディアス領の外れにも係っている。その遊牧民との関係が上手くいかない。相手の常識が違うのだ。作戦は少年騎士を何人か潜入させて数年かけて相手の様子を探らせるというものだった。五人ほどいた少年達も次々と脱落し、帰って来てしまい、最後に残ったルネのおかげで、遊牧民との和平が成ったのだ。  百年以上続いた遊牧民との小競り合いを、今回グルーディアス領領主シモン・ドラクールが作戦を計画し、ルネ・ブランシュが八年かけて完遂した。その件はアルノーも皇帝として後日、成功を讃えて二人に褒章を授け渡すことになっていた。  マリローズはここまで話すと、周りを気にして小さな声で言った。 「お兄様、そのことでお願いがあるの。明日、午後に改めてお話に伺っていいかしら」  頬を薄く染めて、キラキラの瞳で話すマリローズに、アルノーは少し嫌な予感がした。 「あぁ、マリローズ、では明日午後に執務室においで。ブランシュ卿と来るかい?」 「いいえ。一人で参ります。秘密のお願いですもの」  アルノーは打ちのめされた最悪の気分で祝いの夜を過ごした。見た目には全く問題ないけど。          

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