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第22話 マリローズの願い

 初夏の日差しが眩しく降り注いでいた。廊下では。  皇宮の皇帝の執務室は日除のために北向きに造られていた。もちろん、カーテンはあるけれど。この季節は、北と東の窓を開けて、風を通しながら仕事をしていた。安定した明るさはあるが、直射日光は入らない、それでも窓の外に目を向けて庭の景色を見ればとても眩しい。神の祝福の季節だ、正に。 「は……あぁ」  溜まった重い気分を溜め息として声に出してみたが気分は晴れず、アルノーは肘をついて、両手の指を絡ませた上に重い頭を乗せていた。  勿論、昨夜は眠れなかった。アンリ。なんで僕たちは会えなかったんだろう?なんでアンリは僕が分からないんだろう?何が悪かったのか?僕たちはまた巡り合って一緒にいられるはずだったんじゃないのか?巡り会った時には、もう手が届かないなんて。マリローズ……マリローズとの恋を応援しなくちゃ……。マリローズとは恋、僕とは友情を結べるはず……かも?一緒にはいられなくとも?それでいいなんて思うのか?  何億回も巡らせた想いをまた百周ほど回して、背を伸ばして、廊下へ出てみる。長い廊下の片側は各部屋の入り口が並んでいる。もう片側は窓がずらり。鳥の影が、並んだ窓の端から端まで飛んでいった。 「お兄様」  マリローズがいつの間にか、後ろに立っていた。 「ごきげんよう、お兄様。今、大丈夫かしら?」 「あぁ、マリローズ。昨夜はお疲れ様。よく眠れたかい?」  薄い黄色のドレス。アクセサリーも着けず殆ど化粧もしていないマリローズは、今日も輝いていた。 「お茶を」  執務室の隣の接遇のための部屋にマリローズを招き入れ、向かい合って座る。  程なく侍女がお茶とお菓子を運んできた。アルノーはまだ昼食を摂っていないので、サンドイッチに手を伸ばした。いや、なんなら昨夜から何も摂っていなかった。 「お兄様、お願いというのは」  マリローズが話し出したので、アルノーはサンドイッチを置いた。 「グルーディアス領領主シモン・ドラクール様とルネ・ブランシュ卿の褒章の話なんですけど」  あぁ、指先が冷たくなって震える。 「私を降嫁させてくださいませ」  ◇◆ ◇◆ ◇◆  シモン・ドラクールが登城したのは三日後だった。  それまでの三日間、マリローズは度々中庭でルネと散歩をしたり、東屋でお茶をしたりしていた。マリローズにしてみたら『仲の良い幼馴染』ではあるんだけど、側から見たら、『恋人同士』にしか見えなかった。特に偶然マリローズのドレスとルネのシャツの色が揃った時などは、侍女達がお似合いだと話しているのがアルノーにも聞こえた。二人を見かけた時には、声をかけに中庭に出て……うそだ。ルネの顔が見たいんだ。  ルネの陽に透けるプラチナブロンドが見たい。薄いブルーの瞳が見たい。こっちを見て笑ってくれないか?ブルーの瞳を軽く細めて。まぁ、そんなことは無いんだけど。ルネは常に、アルノーではなくマリローズを見つめている。  マリローズと二人でいるルネの目が笑顔が言葉が、マリローズに対して優し過ぎて、全てを物語っている気がした。  そんなルネを見ているこちらが苦しいとアルノーは思えるのだ。特に好かれてはいないけど、嫌われるのはもっと嫌だな。  お似合いだけど、マリローズ様とブランシュ卿では格が合わないのが残念よね。そんな声も聞こえてくる。マリローズは王妹。ルネ・ブランシュは地方貴族の次男だった。別にそのせいではない。マリローズの希望なんだ。アルノーはルネの気持ちを思うと辛い気持ちになった。  いよいよ、三日目の朝。  朝は格別に涼しかった。輪郭がはっきりするようなキリリとした空気の中で、アルノーはここ数夜の浅い眠りから覚めた。身支度をして、執務についていると、知らせが入った。グルーディアス領領主シモン・ドラクール到着。午後の式の前に、人物を確認しておきたい。隣の部屋で挨拶をすることにした。  シモン・ドラクールはふわりとした優しそうな男だった。癖のある茶色の髪は少し長めで、頭の後ろで括っている。濃いめの茶色の瞳は笑うと目尻がグッと下がる。声もどっしりして、落ち着いている。領主としては、真面目で不正なところもない。発明家で、いろんなアイディアを生活にいかし、周りもよく見ている男だそうだ。公爵家。家格は問題ない。ただ、人物に文句はないが、経歴には少し納得がいかない部分はある。二十六歳。マリローズより十歳年上。二十歳の時に結婚した最初の妻を一年後に病で亡くしていた。子供はいない。領主としては、後継のためにも再婚をと思うだろうが、十六歳のマリローズとは釣り合わないんじゃないか?  そう、マリローズはグルーディアス領領主シモン・ドラクールに降嫁したいんだそうだ。    

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