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第25話  そうしてふたり※

 ドアを開けると、中もアナマリーの家にそっくりだった。時々アルノーが使うので、普通の家の様に日用品も食材も揃っている。掃除も何も、他の誰かにはさせずに全てアルノーがやっていた。  食器棚、テーブル、調理器具、窓の内側の飾り枠、月影が枠の模様を床の上に落としている。ルネはぐるっと見渡して、懐かしく思い、色々聞きたい気がしたが止めておいた。  アルノーには生まれてからずっとシャルルだった頃の記憶があるのに、ルネがアンリの記憶を取り戻したのは、ほんのさっき。それでも思い出した瞬間から、まるで最初から持っていたかのように、十二年の記憶は彼の中に溶け込んでいた。アルノーがシャルルであるのと同じように、ルネはアンリだった。  ルネは中に入ると、軽くアルノーを抱き上げて、入り口すぐの居間兼食堂を抜けて、寝室へ。月明かりで照明は十分だった。ゆっくりとベッドの上にアルノーを降ろすと靴を脱がせた。自分も靴と上着を脱いで、アルノーの足元からベッドに上がった。  アルノーは戸惑ったように、仰向けに両肘をついて体を支えていた。まるでいまにも消えてしまいそうな気がして、ルネはそっと両手でアルノーの頭を寄せてキスをした。それからルネはちょっと笑って、自分の歯を爪で叩いてコンコン音を出した。アルノーが口を閉じたままなので、開けろと伝えた。  そんな風に最初の時、二人は一言も喋らなかった。言葉は要らなかった。  ルネはアルノーが戸惑った顔をするたびに口付けた。何か言葉にしてしまえば、アルノーの戸惑いで遮られてしまいそうで。ルネはアルノーが何か言うのを邪魔するために度々深く口付けた。    アルノーはただ、ルネが居てくれたら良かった。ルネが共にそばに居てくれるだけで、満たされていた。  愛し合う行為の知識は知識としてあったものの、実際戸惑うばかりだった。戸惑ってはいたが嫌な訳ではなく、ルネが優しく口付けるたびに、そうか、この時をずっと待っていたのかと思った。マ・シェリ アンリ、マ・ベル アンリ、僕の愛しい美しいアンリ。逢いたかったよ。君の薄いブルーの瞳が恋しかった。君のふわふわのプラチナブロンドに触れたかったよ。  一度口付けるたびに一枚ずつ着ている物が剥ぎ取られて、アルノーは月明かりに白磁の肌を晒していた。青年としては灰汁の無い、子供のような佇まいだった。しっとりとした肌に薄い体毛。真っ直ぐな黒髪、ヴァイオレットの瞳を取り巻く長いまつ毛。桃色の唇の弾力。ルネが口付けると戸惑った舌が逃げ惑うのだ。ルネがアルノーの頭の下に左手を差し込んで支えながら、右手で服を脱がす為にアルノーの体勢を変える度に、長い黒髪がサラサラ音を立てながら流れて行く。この誰も歩いたことのない真っ白な雪原に、一歩一歩跡を残すような感覚。ゆっくりと歩めるだろうか?走り出してしまいたい気持ちを抑えられるだろうか?少しでも驚かせてしまったら、臆病な雪兎は逃げ出してしまいそうだ。  アルノーは、アルノーの服はゆっくり優しく扱うのに、自分の服は引きちぎるように脱ぐルネを見ていた。何個かボタンの飛んだシャツの前からサンドベージュの逞しい胸がのぞいた時には息を呑んだ。アルノーは思わず手を伸ばして白い長い指でルネの胸に触れた。ルネは自分の胸に触れるアルノーの手を目で見て微笑むと、もう一つボタンを飛ばしながらシャツを脱いだ。深く口付けながら、ズボンの前を開けて、アルノーの上に倒れ込みながら身を捩るようにして下着も共に脱いだ。  仰向けのアルノーの体にルネの体がピッタリと合わさる。呼吸も鼓動も一緒になったようだ。魂が震える。しばらく二人とも動かずにお互いの肌の感触と重さを楽しんだ。  ルネの唇が大きく息を吐きながら、アルノーの耳から首筋に、首筋を伝って胸に移動した、 「ん……」  自分でも思いがけず、アルノーが呻いた。もどかしい……。何か蠢く思いが腹の中に湧き上がってくる。ルネが一度起き上がって、アルノーの手を取って指先に口付けた。だめだ。離れないで。アルノーはルネの首に縋って口付けながら、もう一度重なるように促した。  ルネはアルノーの月光に浮かぶ白磁の肌をゆっくり目で堪能しようとして身を起こしたのに、アルノーにそんな可愛い事をされたら抵抗できないのだった。しばらくもう一度体を重ねてから、向かい合ったアルノーの両手の指と自分の両手の指を動けないように組んで、口付けを落とした。唇に。耳に。顎下から首筋に。口付けて、舌を滑らせる。 「ふ……ん……」  ルネの唇が胸の周りを一回りして、胸の先を舌先で潰すように刺激されて、アルノーは呻いた。同時に両脚をモゾモゾとさせたので、ルネは片手を離してアルノーの中心を確認した。アルノーはそんな場所も肌理細かいしっとりとした肌質だった。そして、ルネはアルノーが嫌がっている様子が無いことにほっとした。もうお互いの中心が力を漲らせているので、体を重ねるのは辛くなり、ルネは足を開いて空間を作った。アルノーはよく見えるようになったルネの胸元にまた手を伸ばした。恐る恐るルネの筋肉を押すアルノーに愛おしさを感じて、ルネは胸に伸ばされた白いアルノーの手を取って、自分の頬に当てた。自分の胸にアルノーの体を引き付けてから、左手でアルノーの左肩を掴んで、くるっと反転させた。 た。ルネはというと、少し体温が低いアルノーの肌がどこもかしこもしっとり吸い付くようで、思った数倍襲ってくる快感のせいで、アルノーより先に逹した。ギリギリ最後の時の大きな呼吸の為にアルノーの唇を離したので、アルノーも呼吸の心配が無くなり、一瞬で襲われる快感にルネを追いかけて達する事となった。

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