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第32話 バリュティス領から遊牧民の所へ

 少しスプーンの音をさせて、紅茶のカップが各自の前に置かれた。あぁ、これは領内の南部の焼き物だったか。白磁につけた、透き通った模様が美しいな。アルノーは、順調だったが二週間近くかかった移動の途中のあれこれを思い出しながら、紅茶を楽しんだ。  アルノーとルネ、マリローズとシモンはアルノーとマリローズのそれぞれの母の実家、バリュティス領主館へ来ていた。またそれぞれの婚約や結婚の報告やら相談があってのこと。シモンが一旦グルーディアス領に帰る前に寄るというので、アルノーとルネもシモンの所からルネの知り合いの遊牧民のところに行く事にした。全部の行程で皇都を離れて二ヶ月ほどかかる。婚前旅行だな。後はよろしくと宰相の爺に任せてきた。基本平和な世の中なので。 「やぁ、待たせたね」  扉が開き、前王であるアルノーとマリローズの父と、後妻であるマリローズの母、妹たちマリエルとマリべルが入ってきた。 「姉様、姉様」  マリエルとマリベルに左右から抱きつかれて、立ち上がれなくなったマリローズ以外は、立って挨拶を交わした。 「久方ぶりだな。大きくなったな」  父にそう言われたアルノーだったが、久方ぶりなのは貴方が皇都に全く顔を出さないからという思いを喉元で飲み込んで 「お元気そうで、父上」 「初めまして、お兄様、マリエルです」 「初めまして、お兄様、マリベルです」  くるくるの金髪の双子はそれぞれピンクと黄色のチュールのついたドレスを着ていた。真上から見たら、ピンクと黄色の小さな綿菓子に見えるかもしれない。マリローズの言う通り、|継母上《ははうえ》とマリローズと妹たちはサイズの違いだけで、そっくりだった。 「マリエル、マリベル。マリローズのデヴュタントを皇宮でやったんだよ。二人も大きくなったらやるから、おいで」  アルノーに言われて、キャアキャア言う双子を複雑な顔で見守る前王。 「マリローズがお嫁に行っちゃうからなぁ」 「私の事は小さい時から放ったらかしでしたが」 「男の子はいいんだよ。お前、しっかりしてたし」  ディナータイムには、アルノーが一歳でラブレターを書いた話になった。 「えー、すごーい」 「すごーい」  と言う双子に、 「な、しっかりしてただろ?お前たちの兄さんは」  前王の話に、ルネは目をキラキラさせて喜んだ。 「ルネ君はどんな子供だったの?」 「う……」  緊張して言葉がでないルネにアルノーはいつもの話し方でいいよと伝えた。 「俺っすか?わんぱく悪ガキでした。ただ、赤ん坊の時は泣き虫で、泣いてばかりでひどいデベソでした。親が心配して、縁切りの呪いをして、泣かなくなったらしいです」  ルネはテーブルの上でアルノーの手を握って、 「お互い、生まれてずっと求め合っていたのに、会えなくて。アルノーは大変でしたが、もうここからは、離れないので」  そのまま、手を取って手の甲に口付けた。頬を染めて、照れるアルノーの溢れる色気に、双子がほわぁああってなったので、子供は寝る時間と部屋に戻された。   ◆◇ ◆◇ ◆◇  マリローズとシモンの婚約式は一ヶ月後に。バリュティス領の大聖堂で執り行う。結婚式はマリローズが十八歳になってから。大聖堂で。グルーディアス領ではお披露目のみ。  アルノーとルネの成婚式は公には半年後、ルブラ連合帝国皇宮で。マリローズとシモン参列予定。  決まった所で、シモンが一ヶ月後の婚約式の準備の為一度自分の領に戻る事に。アルノーとルネも一緒について行った。一ヶ月後だと、皇都に戻ってもとんぼ返りとなる。それならば、知り合いの所でのんびり……と言う体で。  アルノー達の目的は、遊牧民の長の授ける呪いだった。グルーディアス領のシモンの屋敷で準備を整え、リュスタール西帝国へそっと二人だけで変装して国境を超える。ルネだけが頼りだ。  国境を遮るのは、そんなに高くないが険しい岩山。一部、滑り落ちたら体がバラバラになってしまいそうな場所がある。二人をロープで繋いでほんの少し足を掛けることのできる出っ張りに横に並んで進んでゆく。足元から転がり落ちる岩の欠片は、果てしなく下まで落ちる音がしている。アルノーが風に煽られて一度、ルネの足を掛けた出っ張りが崩れて一度、落ちそうになった。その度に二人は笑って口付けた。一緒にいれば、何も怖くない。  一晩を山小屋で過ごし、もう一日岩山を歩いた。  リュスタール西帝国との境に連なる岩山からの景色は、リュスタール側が砂漠、グルーディアス側は草原だった。  二日目の午後、ここから、岩山の感じが変わった。一枚一枚の岩が薄くて縦に立ってる。歩ける尾根はないので、下に降りる。さらに行くと、層になった地面が複雑な模様を描く場所に出た。大昔、水に削られて出来たらしい。光がさして落ちる砂に反射して綺麗だった。迷宮のような場所を過ぎると、小さなオアシスに出た。

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