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第34話 オアシスの午後

翌日はゆっくりと起きた。  気づいたらほとんど昼だった。締め切った部屋の温度がどんどん上がって、気絶するように眠っていた二人は汗をかいて起きた。水浴びして、身支度。食堂(リワーン)へ。ルネはアルノーが身体を洗うたびに煉香油を髪や体に塗り込む。乾燥した空気があっという間にアルノーの長い髪を乾かし、食堂に着いた時にはもうすっかり湿り気は無かった。  ゆっくりゆっくり食事を摂った。何か話さなければいけないような気がしたが、何も話さなくていいような気もした。食事を終えると、ルネはオアシスの唯一の店にアルノーを連れて行った。  何でも屋の店は宿屋の裏にあった。そんなに広くない店内に、あらゆる種類のものが展示販売されていた。ルネが、びっくりするくらいなんでもあるんだよと言ってから、店主に声をかけていた。その間、アルノーは店の中を不思議そうに見回していた。土産物、旅に必要なあれこれ、数か国語の本、日持ちのしそうな食べ物、調味料、鍋釜調理道具、衣類、アクセサリーまで。二人で、お互いの見立てで動きやすそうな服を買った。大きなスカーフも。寒い時に肩にかけたり、暑い時に日除けにしたりするらしい。ルネは何か小物も買っていた。  部屋に戻ってゆっくりする。  アルノーは視察や慰問で行ったルブラ連合帝国の各地のいろんな話をした。雪の降る寒い国の話、穀物が沢山採れてワインの美味しい国の話、ここのように暑い国もあったが水が豊富で果物がたくさん採れていた。 「このオアシスはきっと、この先の砂漠から来た人にとって楽園なんだね」  オアシスの話になって、ルネは 「俺は十五歳でした。一緒に来た五人も似たり寄ったりの年で。遊牧民との話し合いの為に隣国リュスタールに潜入してました」  二人は日陰側のベランダのデイベッドに冷たいミントティを持ち込んで、横になりながら話していた。日差しがないだけで、過ごしやすい。乾いた風が汗ばんだ肌を乾かして吹いていた。 ◆◇ ◆◇ ◆◇ 「遊牧民は大きく三部族。元を辿れば三部族共遠い血縁です。はるか昔からこの辺りに住んでいるので、暗黙の了解で国の制約も領の制約も受けないことになっています。主にリュスタール西帝国のこの砂漠の周りの牧草地を巡り、岩山がぶつかった場所はルブラ連合帝国のバリュティス領とグルーディアス領の外れを通って一年かけて一周します。遊牧民は自分の土地を持たないというか、草が生えてる場所は全部自分たちの土地という認識なので、バリュティス領とグルーディアス領内を通る一月程、領内の者達との諍いが絶えないんです。リュスタール西帝国の方は元々、砂漠の周りの緑地は遊牧民の物という認識なので全く問題がなく、遊牧民と交渉したいというこっちの話には協力的でない。そこで諦めて、西帝国を通さずに潜入していました。」  ミントティを飲み飲み話していると、大きな耳の砂漠砂ギツネの子供が庭の茂みから耳をピクピクさせて近づいて、氷の動く音にびっくりしてまた去って行った。   「俺、遊牧民の血が少し入ってるんですよね」  ルネの肌色はやはりそういうことだった。 「祖母が遊牧民の血筋で。怪我をして馬に乗れなくなって祖父の家の奉公人になったんです。遊牧民が通るルートの近くに屋敷があって。年に一度、やって来る遊牧民と顔を見せ合うのが習わしになったそうです。そんな血のせいで、バリュティス領からの二人のうちの一人に選ばれました。グルーディアス領からは三人でした。遊牧民を纏めている族長と話を付けないといけない。けど、なかなか話せる立場にならなくて、八年近く掛かりました。次々に仲間は帰って行き、最後の三年は俺だけになりました。里心がついたら、商隊(キャラバン)に混じって、遊牧民のお使いがてらここまで来てたんです。ここでシモンからの連絡を受けたり。報告したり。まぁ、その時は当然のように女も買ってました」  飲み干したミントティのグラスの乗った深い盆をデイベッドから降ろして、アルノーはルネの頭を胸の上に抱いた。 「ルネがどんな風に生きて来たんだっていいんだ。そのままのルネがいてくれるだけで」  ルネの髪に口付けて、手を握って少し眠った。  

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