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第35話 砂漠の夜

風が涼しくなってきた。 「夕焼けを見に行きましょう」  ルネはアルノーを連れて、砂漠の方へ歩いた。二人はしばらくそのまま砂漠に居るつもりで、買ったばかりの刺繍の入った長着の上着を持った。スカーフも持った。今は焼けそうに暑いのに、日が暮れると途端に今度は寒くなってしまう。砂に足を取られながら歩くのはとても疲れる。  ここに座って。と、ルネがスカーフを敷いた。オアシスからほんの少し離れた場所。少し砂山を下ったので、オアシスの明かりも見えなかった。  夕焼けは、周り全てを赤く染めた。空も、砂漠の砂の山々も、アルノーとルネも。黄色っぽい赤から、真紅。そして紫。空の上の方から透明な闇が降りて来る。自然ってすごいな。こんな物をあっさり作り上げる。肌寒くなって、二人とも、長着を上に着た。ルネに紺の長着が良く似合う。  そのまま、夜の闇の中。細い細い三日月はまだ地平線に近く、急に真っ暗な空に瞬くたくさんの星。天の川。同じ方を見ていた二人の目に流星がが映った。目を丸くした二人は、ずっと知らずに座ったままで片手を繋いでいたことに気づき、もう片方の手をお互いの頬に当てて優しく口付けた。 「こっちでの俺の名前、流星(シャハーブ)っていうんです。あ、昨日ライラが言ってましたね。いかにも外人っぽい名前は使えなかったので。シモンの所にいた占い師が付けました。甦りみたいな意味もあったらしいです。その時はそんなこと関係ないって思ったんですけど、なんか見えてたのかもしれないですね」 「名前、こっちで呼ぶ用のが必要かもしれない?」 「アルノーですか?そうですね、アルノーって呼ぶ訳に行かないですもんね。じゃあ、俺が……(シャヒーン)でどうですか?」  アルノーに元々鷹っていう意味がある。意味は一緒だ。  ゆっくりと立って、宿の方向をしっかりと確認してから戻った。  宿に戻ると、三つの宿のエントランス側のオアシスの辺りで、焚き火とダンス演奏が始まったところだった。 ◇◆ ◇◆ ◇◆  オアシスを背に、焚き火の灯りが揺れる中で、薄い生地の露出の多い衣装で踊り子達が踊っていた。指で弾くような打楽器が踊り子の胸や腰の動きに合わせている。踊りと音で会話しているよう。  色とりどりの衣装で四人の踊り子が交互に踊っていた。観客席には宿泊客達。最後の方はアピールするように観客の中へ。狙った獲物の前で胸や腰を揺らすのだ。ルネと立って見物していたアルノーの横に来た踊り子に、お尻で弾かれて、アルノーはルネの方に倒れた。ルネが支える様に腰を抱くと、踊り子達はキャッキャと笑った。 「シャハーブ、昨夜見たわ」 「あのシャハーブが男に落ちるなんて」 「綺麗だけど」 「信じられない」  ショーはそこまでで終わった。観客達も引き上げてしまった。 「あら、今日は全員お茶引きね。残念」 「ここにいるいい男二人は女はいらないんでしょ?私たち、一度に二人も客を逃したって事?」 「シャハーブ、二人一緒に遊ばない?」  ルネが一度息を飲んでから言った。 「いや。もう無理なんだ。シャヒーン以外は抱けない」 「いやー、もう、まさかあんたの口からそんな言葉聞くなんて」 「世も末ね」 「なんてこと」 「あ、どうせ暇なんだから、この人貸してくれない?襲ったりしないから」  女達は四人でこしょこしょ話し合って、笑った。 「別にあんたの悪口とか文句とかこの人に言ってやろうってんじゃないわよ」 「伴侶を見つけたお祝いに、この人、磨き上げて返してあげる」  ルネがアルノーを見ると、アルノーは何かを覚悟した顔をしていた。 「行くよ。大丈夫」  アルノーはルネと別れて、四人に着いて行った。  ぱっと見、背の高いアルノーに群がる女達の様子は他の客達から見たら、「お?すごいな、四人一緒か?」と思われる光景だった。実際のところ、アルノーを四人で取り巻いて、逃げ出さない様にしている風にルネには見えた。  ルネは落ち着かない気持ちを抑えながら、食堂(リワーン)で待っていた。大して食べる気にならず、最初から絨毯席でシーシャを吸って、少しの酒と少しのつまみを取っていた。  壁の明かりに寄って来た虫を、ヤモリがそっと近づいて食べた。夜は夜の生き物が支配するんだなとぼんやりと思った。    

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