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第38話  星を読んだり嵐にあったり

こうやって、あの星がいつも手に掴めるくらいの向きで進む  ルネがアンリに言った。何億もある星の中でたった一つ、揺るがない星がある。空の星達はその星の周りを回る。一晩の中でもその星から離れた星ほど大きく回転する。北極星(セターレゴトビー)という。私たちは今北北東に進みたいので、時々こうやって向きを確認する。  ルネは余裕で、進行方向に背中を向けて、アルノーの方を向いて話していた。ラクダはコブとコブの間で体を固定しやすい。なので、向き変える事もできる。……人によるけど。 「アルノーは俺にとって、北極星です」  それから、少し恥ずかしくなって、 「アルノーのリュスタール語完璧ですね。周りの国の言葉、全部話せるんですか?」 「ルブラ連合帝国に接する、四カ国の言葉は話せる」 「でも、アルノー、リュスタール語だとちょっと幼い感じになって、かわいいです」  アルノーが少しがっかりした顔をしたので、ルネは誰もいない砂丘に向かって叫んだ。 「俺の伴侶は、一歳で俺にラブレターを書いて、全部で五ヶ国語が話せる、リュスタール語を話すと少し可愛い、普段は美人で色っぽい、俺の北極星だー!」  アルノーは手が届いたら肩をバシッと叩いて、顔が届いたら口付けてやるのにと思った。  そこからは、休憩以外話も口付けもせずに朝まで移動した。  朝、日が昇ってしばらく我慢してから、気温がまだ高くならないうちに大きめの砂丘の谷間にテントを張った。食事を取って、休む。砂丘の影で直射日光は刺さないが、暑さからは逃げられない。ぐっすりとは寝られないまま、夕方出発前に食事を取る。ラクダにも乾燥の餌を食べさせる。 「大丈夫ですか?辛かったら、もう少し時間はかかるけど楽なルートもありますけど」 「うん。あと何日、こんな感じ?」 「そんなに大きな砂漠じゃないし、縦断ルートではないので、あと、二、三日ってとこですね」 「わかった。そのくらいなら、頑張れる」  二晩目は少し早めにテントを作って、まだ涼しいうちに眠った。アルノーも少し元気が出たようだ。  景色が変わり始めた。砂丘だけではなく、ところどころゴツゴツした岩盤が出ている。砂は大小、細かい砂はチリのように舞っている。時折風で恐ろしいほど舞い上がる。スカーフの上から、もう一枚、目の細かい布で顔を覆った。 ◆◇ ◆◇ ◆◇ 夜間移動の途中から少しおかしかった。  ルネが発熱していた。夜の初めに、何故か止んだ風が、朝方どんどん強くなってきた。日が昇るとほとんど砂嵐になった。大きな岩影に避難した。 「くそっ、油断した。精霊(ジン)にやられた」  ルネによれば、体調不良は悪い精霊の悪戯らしい。ぼんやりしていて、退避が遅れたと。  ラクダは瞼が二重になっているから、砂嵐でも大丈夫だけど、ヒトは砂が目に入らないように気をつけてと言って、ルネはアルノーを毛布で包んで抱え込んだ。 「ルネ、熱い」 「少しの間だから」  違うよ、毛布越しでもルネの体温が熱いのがわかる。大丈夫なの?  上も下もないほど全部を赤茶けた色に染めた砂嵐は一刻ほどで止んだ。空の端にまだ見えていたけど、戻ってくることはなさそうだ。 「もう少しで、砂漠を抜けるのにな……」  ルネの読みでは殆ど砂漠を抜けて、草の生えた場所の近くまで来ているらしい。 「見て来る」  アルノーがそう言うと大きな岩の上に立った。遠くに緑が見える。砂漠を抜けたんだ。  ルネ、もう少しだよ。緑が見える。そう言いながら、岩を降りようとしたアルノーは砂に足を取られて、転んだ。張り出した岩肌に右手の甲をぶつけて出血した。  ルネは真っ青になって、アルノーを抱えてラクダに乗せた。 「大したことない。大丈夫だよ。血も止まったし」  アルノーの声は聞こえないようで、必死で緑地帯まで移動した。  岩場を抜けると細い川が流れていた。そこからは緑の草が生えていた。ルネは熱と痛みで目に流れ続ける涙を拭って、辺りを見渡した。  どっちだ?川に沿って移動しているはずだけど、上流か下流か……。遊牧民達の手がかりはないか?手間だけど、火を起こして狼煙で呼ばないとダメか?と、ラクダを降りたところで、人の声がした。 「シャハーブ?」 「その声はナスィームか?よかった……」  ルネは安心して倒れ込んだ。  ナスィームと呼ばれたのは遊牧民の女性だった。長身で男性のような格好をしている。力が強く、手に持っていた山羊の子をアルノーに預けると、ルネをラクダに座らせた。 「迷子の子山羊を捕まえていたら、結構離れちゃったんだけど、オレも歩かなくて済むからちょうどよかった」  ルネのラクダの首元というかコブの前に座って、 「あんた、その子逃さないでよ」  アルノーに声をかけて、走り出した。    

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