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第39話 女系家族の遊牧民
しばらく走ると、遊牧民のテント村が見えた
子山羊を抱えて、走るラクダに乗っているのはなかなかスリリングだった。時々、ルネがうめく声が聞こえた。大丈夫かな。
村に着くと、ナスィームは人を呼んでルネをテントの中に運び入れた。アルノーも一緒に付いて行って、ルネの服をくつろげたり、汗を拭いたりした。
「シャヒーンの怪我を見てくれ」
ルネはまず叫んだけど、どう見てもルネの具合の方が悪そうだった。
「いや、まずシャハーブの目を見せてもらうよ」
涙の止まらない目は、湯冷ましで洗われた。
「やめろ!目玉を弾かれてるみたいだ!」
ルネは言ったけど、早く治るからと洗浄された。洗い終わると、少しは落ち着いて、
「シャヒーンが怪我をしたから、手当を頼む……」
ルネが搾り出すように言った。
「シャヒーンといいます」
ルネが横になって、眠ってから、アルノーが顔を覆ったスカーフを外すと皆どよめいた。
「こんな人を連れていたら、そりゃあ精霊 もイタズラするわ」
「オレたち昨日ここに移動してきたんだ。運が良かったな」
「シャハーブは自分のことより、あんたの怪我が心配だったんだね」
「目から入ったんだな、精霊 」
「目の膜が酷いことになってる。熱も上がってる。多分、息をするのも痛いはず。暗くして、オレたちの声も障るから、少し離れていよう」
隣の大きなテントに移動した。アルノーがそこで手の傷を診てもらっていると小さな子たちが寄ってきた。
「この人、綺麗。なんでこんなに色が白いの?」
「お目目、紫なんだね、綺麗ね」
「おてて、痛い?」
大丈夫だよ、と返事をしながら見回すと、ほとんどの子供がプラチナブロンドに薄いブルーの瞳だった。親世代はそれぞれ違う髪色と瞳の色なのに。大人も子供も、女性ばかりだ。男性は遊牧に出ているのかな。
「シャハーブが連れてきたなら、族長 と取引でしょ」
さっきのナスィームがアルノーとルネの荷物を持って戻ってきて言った。
「まさか、子供をよこせとか言わないわよね?」
「あー、ナスィームの時、旅の男がそんなこと言い出したわね」
「男はいらないけど、子供は私たちの財産だもの」
「シャハーブの子、何人?今」
「十四人。腹にいるのが二人。他に宝玉(男)が一人よ」
なんとなく状況がわかったけど、アルノーは子供達を見ていた。あの子は六歳くらいか。初めて会ったアンリと一緒か。あの子は何歳かな?かわいいな。
◇◆ ◇◆ ◇◆
私たちは『分つことの出来ないもの 』
「生まれ変わってまた巡り逢いました。シャハーブと私はお互いがなくてはならない者なんです」
「そんな気がしてたよ。シャハーブが誰かをそんなに気にすることなんて無かったからね」
「シャハーブ、もう胤をくれないの?残念」
「え?そうなの?」
「だって外では、決まった人としかそういうことしないんでしょ」
「シャハーブはシャヒーンのものなんだ、いいなぁ」
そこから一族の話を聞いた。
遊牧民のグループは何グループかある。一つのグループが数十人から百人程度。少しずつ時期をずらして砂漠の周りの牧草地を回っている。族長たちの中で全体を纏めているのがこのグループの族長 だ。どのグループも女ばかり。この数百年はほとんど女しか生まれていない。子供を作るために、旅人や交易相手なんかと番う。
シャハーブは五年前に他のグループからやって来て、居座った。背も高くて、力もあったからとても便利だった。族長と話がしたいと言っていたけど、余所者の男は子供を十人は一族に献上しないと族長に会えない。献上とは子供を作ること。一族は子供を全員で育てる。生みの母すらどうでも良いくらい、全員が母として。一人ずつは父親が分からなくならないように一度番ったら、二ヶ月は番わない。父親を確認するのは、万が一、自分の肉親と番わないため。ルネはグループの妊娠可能な四十人ほどと二日に一回当番制で番っていたらしい。もう仕事だね。
十人生まれたところで、族長と会うことが出来て、元々の交渉をすることが出来た。交渉は成功し、戻ってくる直前に生まれたのが男の子。百年ぶりの男児誕生に大騒ぎとなった。この子を宝玉 として、ルネは一族を離れても族長に会うことができる。
「シャハーブは優しくて、丁寧で、大きかった」
「え?そうなんですか?私、自分のとシャハーブのしか知らなくて」
一人が言った言葉にアルノーがふと返したので、大盛り上がりになった。
「大きいわよ。シャハーブしか知らないなら、初めての時、大変じゃ無かった?」
「あぁ、大変でした。でもそんなものかと思って……なんかよく分からなかったし」
「それ、男と初めてって意味?」
「いえ、男女どっちもです」
こんなに綺麗なのに、何をして生きてきたの?とまで言われた。
「恋とかしたことがなくて。生まれてずっと、ただひたすらにシャハーブに会いたかった」
アルノーは孤独に恋焦がれていた長い時間を思った。今は、共にいられて幸せだ。
どんな形でもいい、過去も関係ない、ルネがいないと身体が半分無くなったように痛いんだ。
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