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第40話 どうなってんの?
翌日、ルネが起き出して大きなテントに行くと、アルノーは話の中心で笑っていた。
「え?どうなってんの?」
「シャハーブ、大丈夫?」
「目はもうちょっと痛いけど、もう、涙は出ないし熱は下がった」
アルノーに聞かれて、ルネが答えると、
「良かったわねぇ、シャヒーン」
「心配だったでしょ」
「寂しかったわねぇ」
と周りの全員が口々に言った。
「また、俺抜きで仲良くなってる」
ルネはアルノーのコミュニケーション能力に驚いていた。この人、次々と垣根を飛び越える。
「またいろんな話、聞いちゃったフフフ」
「ごめんな、シャヒーン、姉妹多くて」
「いや、楽しいよ。シャハーブが今、私だけのものならあとは何も問題ないよ」
ナスィームが中に入って近づいてきて、言った。
「明日、族長 が会うってよ」
「わかった」
「今日、夜ご飯の時に子供たちを紹介する。宝玉 にも会う?」
「私も会いたい」
ルネが何か言う前にアルノーが答えた。
「ゴハルは今昼寝中だから、後で案内する」
午後、山羊の毛の紡ぎ方とか、山羊のチーズの作り方とか見せてもらってるうちに呼ばれた。
小さな子は別のテントで保育されていた。カラフルな羊毛のマットを敷いた上に三人の赤ちゃんが遊んでいた。
ナスィームに続いて入ったルネとアルノーは、甘酸っぱい赤ちゃんの匂いに癒された。ハイハイをする二人の茶色の巻毛の赤ちゃんと、プラチナブロンドのまだまだ小さな赤ちゃん。アルノーはその子に近づいて、
「抱っこしても構わない?」
と、ナスィームに聞いた。
ナスィームが頷くのを見るや否や、公務で市中に出て赤ん坊を抱くことも多かったせいで、月齢に合わせたみごとな縦抱きで抱き上げた。
「ゴハルちゃん……」
アルノーはその薄いブルーの瞳を覗き込んで、次第に泣き出した。
「可愛い……お利口だね。君の未来に沢山楽しいことがありますように」
床に座ったルネにゴハルを渡すと、二人を抱いてしゃくりあげた。
茶髪の二人の赤ん坊がアルノーの膝に手をかけて、慰めるように見上げていた。
ナスィームはどうしたものか分からずに戸惑っていた。
「宝玉は渡せないよ。他の子もね。私たちの財産だから」
夕方、砂漠の方へアルノーとルネは手を繋いで歩いていた。ほんの少し草が生えているだけで、暑さが全く違う。乾いているはずの空気は少し夕方の湿気を帯びていた。
「あの頃のあなたに会いたかった」
アルノーは言った。
「赤ちゃんの頃のルネに会って、泣かなくて良いんだよって言ってあげたかった」
「うん」
「ここで男娼のように過ごしていたルネに、そんなことしなくて良いよって言ってあげたかった」
「うん」
「ゴハルのことが心配。ルネのように使われるんじゃないかって」
「うん」
「ゴハル以外の女の子たちも、皆誰か好きな人と暮らせるようになれば良いのに」
文化の違いではあるけど、この女系一族をそんな風に非難してしまったら、成り立たなくなる。個人よりも、全体を大事に思ってるから。それは分かってる。それは分かってるんだけど。
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