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第41話 ルネの気持ち

「アルノー、ここに来たのはね」  アルノーはルネの顔を見た。ルネの瞳を。夕陽を受けた顔の中で瞳の色は涼しげに光っていた。 「俺が族長と交渉したのは、グルーディアス領とバリュテイス領を遊牧民が通る時に、揉めないように領民達と折り合いをつける話を族長とするためだったんだ。話せば、そんなに難しい話でもなくて、お互いに納得する話し合いができたんだけど。族長と会うのに時間がかかって」 「うん、聞いた。献上十人」 「それで、俺はゴハルを授かったから、族長に頼み事ができるんだ」 「何を頼むの?」 「族長は呪い(マジナイ)ができる。男同士でも子供が持てる呪いを頼む」  ルネは岩の上に座って、アルノーを膝に乗せた。真剣な顔で言った。 「アルノーと俺の子供が欲しい」  族長に伝わる呪いは女同士で一度、男同士で一度、使うことができる。族長は、四十年ほど前に自分と伴侶で女同士の呪いは使ったらしい。  俺はこうして、沢山の子供はいる。でも、最初からの約束で子供達をここから離す事は出来ない。ここで生まれて、ここで育っていれば不幸なわけじゃない。ただ、他を知らないからだとしても。俺はアルノーとメチャクチャ可愛がって子供を育てたい。アルノーの跡を継いでも、継がなくても良いんだ。その子供達が幸せであれば。本当に好きなことをして、好きな人と結ばれてほしい。そんな風に子供を育てたいし、出来たらここの子にだって、そんな未来が欲しい。 「そうだね」  そう言ってアルノーは考えた。シャルルの時代、あんなに不安定だった国勢が、今や殆ど争いもなく権謀術数もない。皇帝が長期に不在でも大丈夫なくらいだ。ただ、ここではただのシャヒーンだ。自分で今すぐ出来ることはしてあげたいけど、ここの子供達のためにできる事はなんだろう? 「アルノー、何も言わなくてごめん。急にたくさん子供がいるなんて話、びっくりしただろう?俺自身ここを出てからやっと、自分がおかしいのに気が付いたんだ。ずっとここにいたから、分からなかった。アルノーに呆れられて捨てられるかもってちょっと思ってた。それでも、見せたかったんだ俺のこと」  アルノーはルネの頭を掻き抱いた。 「アルノーがさっきみたいに言ってくれて嬉しかった。子供のことを突っぱねるんじゃなくて、受け入れて心配してくれるなんて」  ここへ来るまではルネが口に出さない事が多かった。今は、アルノーが口に出さない事が多い。  ただただ、どんなルネでもいい。二人ならどんなことも乗り越えられる。ルネがいなくちゃだめなんだ。何が起きたって、そこだけだ。それは二人の中で通じているはず。 「あ、昨日の傷は痛くない?」  ルネがアルノーの手の包帯を気にして言った。 「アルノーの白い手に傷が残ったらどうしよう」 「今まで傷一つなかったのは、みんなが守ってくれて、私自身が何もしてなかったからだよ。別にだからどうってことじゃない。ルネとの旅で傷が出来たなら、それは勲章だな。いつも傷跡を見て、思い出せる。これからできる傷だって楽しみだ」 ◆◇ ◆◇ ◆◇ 晩御飯の時に全員と会う  一番大きなテントの絨毯敷きのスペースに大きなコの字に全員が座った。赤ちゃん部屋の赤ちゃんと面倒を見ている大人、家畜の世話をしている何人かと族長はここに居ない。その人たちは別で食事を摂る。お客はアルノーとルネだけだ。  食事の前にルネの子供達が順番にアルノーの前に並んだ。ルネは一人一人の産みの母の名前も呼んだ。すると座の中の一人が手を上げた。アルノーは一人一人を抱きしめた。全員がルネにそっくりのプラチナブロンドに薄いブルーの瞳だった。  後二人、まだ産まれていない子は母親の腹に声を掛けた。  挨拶が終わると、コの字の開いてる一辺から次々に食事が運ばれてきた。すっかり回復したルネがものすごい勢いで食べ出した。アルノーと子供達は見惚れていた。  食事が終わると、ルネは水タバコ(シーシャ)を吸い出した。 「あんたの好きなフレーバーは用意してないよ」  ナスィームが皿を持って通りながら言った。 「構わない」  ルネの周りに小さい子たちが集まっている。膝や肩に登り付いたり、なぁなぁと話しかけたり、大人気だな。子供達のほとんどがルネの子だし、お父さんってわけか。ルネが自分からは子供達に声をかけないのを見て思った。この平和は割とギリギリで保ってるんじゃないか?子供の中の誰か一人に声をかけたり、女の中の誰かに少しでも気のある素振りをしたりしたら、ここの平和は壊れるのかもしれない。 「ナスィームって、族長の子?」  アルノーが聞くと、ルネはそうだと答えた。 「だって、彼女しか直接ルネに声をかけないから」  アルノーには皆んなが声をかける。それは女同士的な声掛けで、話の内容も女同士のような話だ。アルノーが胤をくれる男では無いと鼻から思っているから。 「族長の伴侶が産んだ三人のうちの最後の子だ。伴侶はナスィームが生まれてすぐ、上二人は事故と病気で亡くなった」 「ルネ、ここにいる間、バランスをとるために誰かと必要以上話をしなかったんじゃない?」  寝る時にアルノーが聞いた。 「うん、そうだな」 「寂しかったね」  返事はせずに、ルネはアルノーを抱き寄せて眠った。    

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