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第42話 族長に会う

通されたテントは暗くて小さかった。  先にルネが、続いてアルノーが中に入って挨拶をした。  遊牧民を束ねる族長は七十くらいの小柄な女性だった。でも、眼光は鋭い。 「シャハーブ、お前の『分つことの出来ないもの(ジョダーイナパジール)』か?」 「そうです」 「一度離れた時も男同士だったが、巡り会うても同じだったか……わしらのように」  ルネが後ろに座ったアルノーに隣に来るように手招きした。 「シャヒーン、手を」  真ん中に香を炊き、三人で手を繋いだ。  三人の前世と今世の映像が流れる。頭の中に。  族長はルネの前世、アンリの生まれたカリエ王国を呪ったソルヴェノナ北帝国に雇われていた東方流民朱雀派の一族だった。生まれてずっと一緒に過ごしていた一族の娘と二世を誓い、二人共病に罹ったときに鳥に魂を乗せた。今世でも遊牧民として一緒に生まれ、族長となった時に女同士でも子供ができる呪い(マジナイ)によって、三人の娘を得た。が、三人目の出産時に伴侶を亡くし、四十年近く経つ。 「私がシャハーブと巡り会えずにいた時間のおよそ倍ですね……お辛いですね」  アルノーが族長に伝えた。 「子供なぞ、望まねばよかったかも知れん。まして、ここの掟からすると裏切りのようじゃから」  特定の伴侶を持たないはずだった。一族の者は族長に内緒で伴侶がどこかで胤を貰っていると思っていたらしい。 「お前たちの苦しみはわかった。シャハーブ、すまなかったな。ここにいた五年、その前もか……辛かったな。」  アルノーに向き直り、 「シャヒーン、二十三年、よく耐えた。お前たち、後悔するかもしれないが、良いのか?」  ルネは膝を進ませて言った。 「死んでも良い覚悟で来ました。お願いします」 「シャハーブが望むなら、叶えてやりたい。お願いします」  呪い(マジナイ)はあっさりしたものだった。族長が何か唱えて、二人の手を取り、 「成った」  と言った。  少しして、アルノーが言った。 「ゴハルのことで、お願いがあります。ゴハルや、シャハーブの子供、他の子たちについても」  族長は元の位置に座り直した。 「ゴハルが大きく成ったら、一人しかいない男性体だから、シャハーブのようになるかもしれない」  族長は黙って聞いていた。 「まずは、シャハーブの他の娘たちと番わせないこと」 「それは勿論、約束する」 「出来たら、族長のように一人の伴侶を持たせてください。ゴハルの好きな娘と」 「わしはもう寿命だろうから、ナスィームに託しておく。ナスィームの後、ゴハルが族長になるだろうから、その時はそうしよう」 「私の記憶が見えたなら、私の立場もご存知でしょう?」 「ルブラ連合帝国の皇帝か……」 「呪い(マジナイ)のお礼がわりに申し上げる。子供達をどうか我がルブラ連合帝国のバリュティス領とグルーディアス領の教育機関で教育を受けさせてやってください」 「どういうことだ?生活に必要なことなら、皆で教えておる」 「視野を広げさせてやりたいのです。ここしか知らないでは、ここに何かあった時に破綻するではないですか」  族長は眉根を寄せていた。 「シャハーブは特定の誰かに偏らないように、子供たちにも、女性たちにも近づきすぎないようにしていました、五年間。もし、同じような誰かが入り込んで、一族に偏った価値観を植え付けたら、それだけで崩壊するような気がします」 「ん?例えば?」 「可愛い、綺麗だ、醜い、汚い。上手い、下手。持たない者の嫉妬だけで、平和はなくなる。持つ者は驕り高ぶる」 「いや、うん……」 「そんな時に見かけだけではない能力を持っていれば自信になります。それが教育。また、ここと違う文化を知ることは自らを顧みて助ける力になります」 「……」 「バリュティス領とグルーディアス領の領主に伝えておきます。力になるように。二つの領の草原地帯で遊牧をなさる間だけでも良いですし、次に回ってくるまでの一年間を寮生活出来るようにもしておきます」 「それは……」 「お金は要りません。お気になさるようでしたら、羊毛製品を今のように少しずつ交易で売るよりも二倍の値段で構わないので、ルブラ連合帝国内でだけ、取り扱わせていただければ」 「二倍……」 「リュスタール西帝国のこの砂漠まわりの草地のように、今通っているルブラ連合帝国の草原地帯を専有していただいてもいい。そこにずっといていただければ、学校も通いやすいですよね。規模にもよりますが、遊牧民村に学校を作ってもいい。そうなれば、優秀な先生を派遣しましょう。病院というか診療所とかも建ててもいいです」 「はぁ???」  煙に巻くように捲し立てて、その場を離れた。          

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